男女共同参画社会について [一般質問(1999年6月)]
〔平野みどり君登壇〕
○平野みどり君
ありがとうございました。
解説書がまだ手に入る前に御答弁いただくことの難しさを重々承知しながら、知事には、やはり地方自治体の長として、人道主義に基づいて判断を行うというお言葉をいただけたことで、まずは安心をしております。地方分権、地方自治の流れの中では、防衛に関しても、きちんと自治体に協力を要請する際に説明をするということを国の責任とするよう求めていっていただきたいというふうに思います。 次の質問に移らせていただきます。
男女共同参画社会についてであります。
先ほど、潮谷副知事のお言葉の中にもありましたように、衆議院において審議が続いておりました男女共同参画社会基本法は、昨日、六月十五日に可決、成立いたしました。日本国憲法においてうたわれている個人の尊重や法のもとの平等という理念は、男性も女性も対等であり平等であるという理念でもありますが、戦後五十年余を超えて、やっと現実に女性が直面してきた問題を解消あるいは解決していくことを目指す法として確立されることになりました。
戦後の我が国は、高度経済社会構築に向けてひた走ってまいりました。その結果経済は繁栄を見るわけですが、現実社会においては、男性は仕事をし、女性が家庭の中で家事、育児を担うものだという性別による固定的役割分担意識を根強く温存したままの経済発展でした。働く女性も、家事を中心となって担いながらの就労やセクシュアルハラスメントの問題に悩まされる状況にあり、女性の働きづらさ、生きづらさの要因となる男女間の不平等や人権侵害に積極的に取り組むための踏み込んだ理念を盛り込んだ法の整備がおくれておりました。その結果、欧米に比較して女性の社会進出がまだまだおくれている現実があります。GEM、ジェンダー・エンパワーメント・メジャーという指数がありますが、これは、女性の管理職や議員への進出指数であります。世界三十八位であるという現状です。
もちろん、戦後、国際社会の動きとも連動し、一九八五年、我が国は、性別役割分担の変更と雇用分野における差別撤廃を各国の義務とした女子差別撤廃条約を批准し、同年、男女雇用機会均等法を制定するのですが、同法は努力義務にとどまり、なかなか実効性が上がりませんでした。 十年を経て、本年四月一日から改正男女雇用機会均等法として新たに施行されることになりました。
さて、毎日のように、新聞紙上、メディアを通じて、金融不安や雇用不安が一層深刻になってきている現状が伝えられております。四月の完全失業率は四・八%、男性は五%と、日本は今日の社会構造、経済構造の大転換を迫られております。男女の固定的性別役割分担意識をこのまま容認しておくことは、人間の多様な可能性の芽を摘むという点で問題ですが、セクシュアルハラスメントが起こっている職場の好ましくない環境による労働生産性低下という側面からもマイナスだと言われています。
我が国に山積する諸問題を解決する際、これまでの尺度では先がなかなか見通せない現在、経済構造、社会構造の改革を進めていくこと、男女共同参画社会の形成をしていくことは、改革を進めていくことと表裏一体であります。つまり、男女が社会の対等な構成員として、みずからの意思によって社会のあらゆる分野に参画し活動する機会を保障され、政治的、社会的、経済的利益を享受することができ、かつ、ともに責任を担える社会づくりが、これがこの基本法の中心的理念であり、このような男女共同参画社会の形成を総合的かつ計画的に推進することが目的とされているこの基本法の理念にのっとった施策の策定、実施の責務を国に次いで負う地方公共団体である県は、どのように受けとめ取り組んでいかれるのか、改めてもう一度知事にお尋ねいたします。
次に、男女共同参画社会の実現へ向けての教育現場における取り組みについてお伺いいたします。 少子化問題が我が国の緊急課題であることから、昨今さまざまな分析や対応が進められておりますが、教育という分野において、この男女共同参画社会基本法の理念と照らし合わせて考えていくことは意味があると考えます。つまり、子供を産まない、つくらない選択をする女性がふえてきているわけですが、この一因に、日常的に学校現場で男女を分けることにより男子が先、女子が後を繰り返すうちに、男が偉い、女は劣るという差別意識が身についていき、男より女が損をしている、不利であると認識させていることがあると思われます。そんな育ち方をして大人になり社会に出て、職場でも男女が平等でないならば、家事、子育ては女性が担うのだと考え続けている男性との結婚や出産を選択する女性が減少するのは明らかです。
もちろん、子育て支援策をさらに充実させ、家事、育児の負担を社会的に軽減していく措置も積極的に進めなければなりません。しかし、さらに少子化へと社会を向かわせる大人をつくり続けないためにも、子供のころから、男だから、女だから、男のくせに、女のくせにという社会的、文化的につくり上げられた固定的性別役割であるジェンダーの意識をなくしていくこと、すなわちジェンダーフリーを進めていくことは、教育の中に重要な位置を占める課題ではないでしょうか。
必要以上に男女を分けない、男女で後先を決めないという点では、実践が始まりつつある男女混合名簿の推進は、子供たちに日常的に男女共同参画社会基本法の理念を学ばせることになるよいチャンスであると思います。
以上のような観点を踏まえて、今後男女共同参画社会基本法の理念をどのように教育に反映させていくのかを教育長にお答えいただきたいと思います。
〔知事福島譲二君登壇〕
○知事(福島譲二君)
男女共同参画社会の実現に向けて、県はこれまで、平成六年にハーモニープランくまもとを策定し、積極的に施策の推進を図ってまいりました。
昨日、国会で、国や地方公共団体の男女共同参画社会づくりの施策を推進する責務を明文化した男女共同参画社会基本法が成立いたしました。県としても、この基本法の理念の実現に向けて、国、市町村と一体となって、より積極的に取り組んでまいりたいと考えております。
少子高齢化、経済の成熟化、情報通信の高度化等の社会経済の急速な変化に対応し、活力にあふれ、こころ豊かな熊本を実現するためには、男女共同参画社会の形成が重要であります。しかし、女性をめぐる環境には、まだ職場、地域、家庭において、性別役割分業意識等種々の阻害要因が残っているのも現実であります。
このため、本年度は、熊本の実態を把握、分析を行うために、男女共同参画白書を作成し、法の理念に即した施策の研究、策定を進めてまいります。あわせて、子育て支援のための施策や働く女性の環境づくりの施策等、各部連携した取り組みを通して、熊本の実情に即した男女共同参画社会の実現に向けて積極的に取り組んでまいりたいと考えております。さらに、各地域における男女共同参画フォーラムの開催に新たに取り組むとともに、地域で活躍するリーダーの育成を図ってまいりたいと考えております。
以下、余分かもしれませんが、若干時間をいただいて、つけ加えて所感を申し上げたいと思います。
男女共同参画社会とかセクハラの問題は大切なテーマでありますが、問題の最近の論議の中には、これが本質的な問題かなと感ずるような、多少行き過ぎと言えばこれまた行き過ぎかもしれませんが、議論に陥りがちではないかな、そんな感じがしないでもありません。
男女混合名簿の件は教育長に対する御質問ではありますが、につけても思い出しますのは、かつて男女同権が言われ始めたころ、父兄会という言葉が女性側から敵視されて、いつの間にかPTAに取ってかわられましたが、私どもは、学校やあるいは港に母をつけて学校の母校、あるいは港の母港と言っているのを父港に変えろというようには思いません。母なる大地という言葉も立派に文学的な表現だと思っております。
父兄会に対応する言葉からすれば、母と姉、母姉会になりますが、これでは母と子供の会としか聞こえないでしょうし、父兄会というのも、父や兄、男性にも出てこいよという教育的指導用語と考えれば、腹も立たないんではないかなと、今になって思っております。
今や女性の立場は急速に強くなりつつあり、女々しいという従来の語感も、むしろ男々しい、この場合の「お」は「雄」ではなくて「男」でありますが、男々しいといった方が実態をあらわす。なぶるという言葉も、横に男、女、男と書きますが、これもむしろ女、男、女と書いた方がよいような変化があるように感じております。
男女、言葉の端々の問題ではなく、本質的に男女雇用均等の社会、あるいは男女共同参画社会やセクハラのない社会の実現に向かって、全員が努めていかなければならない時期ではないかなと感じております。
〔教育長佐々木正典君登壇〕
○教育長(佐々木正典君)
男女共同参画社会の実現に向けた学校教育の取り組みについてでありますが、県教育委員会といたしましては、一、男子向き、女子向きといった固定的な考え方にとらわれない正しい職業観に基づく適切な進路指導の充実、二、男女平等に関する意識高揚を目指した教職員研修の充実、三番目に、道徳性を基盤とした心の教育の充実と男女の相互理解の推進、四番目に、男女が協力して家庭生活を築いていくという視点に立った小学校家庭科及び中学校技術家庭科における学習の充実、五番目に、我が国や諸外国の人々の生活、文化を理解し、尊敬する国際理解教育の推進の五つの施策を掲げて、男女共同参画社会の実現に向けた取り組みをしているところでございます。
お話しの名簿についてでございますが、教職員の意見等を参考にして、最終的には校長の権限において作成されるものでありますが、男女別名簿が、身体測定、諸検診、体育行事、修学旅行や学校統計などの利便性等から広く使われております。そのことが男女平等教育の阻害要因になっているとは必ずしも考えていないところでございます。