教育基本法の理念を生かす教育について [代表質問(2001年2月)]
(1) 教育基本法の理念を生かす教育について
子どもたちの人格形成を目指して、自立と学びの場をいかに保障していくか
今日の教育問題をめぐっては、県議会を始め様々な場面で論議が展開されている。首相の私的諮問機関である「教育改革国民会議」は、「教育を変える17の提案」と題した最終報告を発表した。それを受けて、1月25日には文部科学省が「21世紀教育新生プラン」を発表し、その中で「奉仕活動の促進」、「教育基本法の見直し」、「大学への飛び入学の拡大」、「公立高校の通学区域撤廃」、「少人数授業の推進」、「体験学習の支援」等が打ち出された。
まず、今日の教育問題の解決策を論ずる前に、私たちは、戦後、経済至上主義を突き進んできた日本の政治の有り様と、教育に求められてきたものを、翻って考える必要がある。戦後55年間、経済優先の日本社会の在り方は、国民の意識形成にも影響を与え、その結果「カネ以上に価値のあるものはない」という意識、つまり拝金主義とも言える考え方を、国民に根強く植え付けてきました。政治においては利益誘導型の政治や政界における汚職事件、教育においては、将来の生活が保障されるからという理由で、詰め込みの我慢を強いる教育システムを産み出してきました。つまり、政治や教育が、経済に従属してきたことは否定できない。
「いい学校」、「いい会社」へ入ることが将来の安定であるかのような神話を作りだし、子どもたちは小さい時から、受験競争に駆り立てられました。そのことによってもたらされた様々なひずみが、地域社会や家庭、学校、そして子どもたちの有り様を大きく変化させ、今日の子どもをめぐる問題を産み出してきたと言える。
そんな中で、危惧されるのは、今日の教育改革の論議が、市場経済を万能視し、人間の価値を市場経済に照らして判断するながれを汲みつつある。つまり、「規制緩和・公的部門の縮小・民営化・自己責任」等に基づく市場経済論理による「個性・能力重視」の教育です。つまり、学校選択の自由にもとづく競争原理の導入は、憲法26条に保障された子どもたちの教育を受ける権利を侵害しかねず、親の経済力により、子どもの教育を受ける機会に、大きな差が生じてくることにもなりかねない。したがって、今後の教育改革に当たっては、「放任された自由の中で、自己責任ということばで子どもを切り捨てる」のではなく、「子どもたちの人格形成を目指して、自立と学びの場をいかに保障していくか」という観点を大切にしながら論議を進めていくべきだと考える。
今求められているのは一人ひとりの個性、人間性、尊厳を認め、尊重するための教育の再構築
さて、そんな中での教育基本法の見直し論議ですが、教育改革国民会議はあくまで首相の私的諮問機関であり、法律に基づいて教育に関する論議する機関は、「中央教育審議会」です。その中央教育審議会の鳥居新会長をはじめ、委員の中からは「教育基本法については、はじめに改正ありきではなく、見直しの是非から論議すべきである」という意見が出ている。これまで縷々述べてきた教育の現状は、子どもたち一人ひとりの個性や興味の違いに丁寧に目を向けず、点数至上主義の画一的な選別をしてきたこれまでの教育のあり方に起因している。その結果として、子どもたちは、自己肯定感が持てず、周りの人たちとつながることができないといった状況におかれ、今日とかく問題にされる青少年犯罪も、そのような背景の中で深刻化しているのではないか。だからこそ、今求められているのは、教育基本法に掲げられている、一人ひとりの個性、人間性、尊厳を認め、尊重するための教育の再構築だ。本来、主体的・自主的参加を基本とする奉仕活動を強制し、日本の伝統文化尊重の名のもとで画一的な価値観を押しつけることは、「個性の尊重」どころか「個性の抑圧」につながる。また、国際化社会の進展の中で、日本人らしさや愛国心の強調は偏狭なナショナリズムの高揚につながり、国際社会からの孤立を生み出しかねない。
一部に「集団における協調性」や「自己犠牲的精神」が大切だという声を聞く。なるほど、協調性を養うために「奉仕活動の義務化」を進めたいのだろう。しかし、そう言った集団を形成し、突き進んできた日本型企業の多くが、国際社会の中で通用しなくなっていることに象徴されるように、これからの教育は、子どもが自らの個性や興味、関心を、教員や親や周囲の人たちの支援のもと、自分自身で発見し、いかに伸ばしていくかが問われてくるのではないか。
このように、21世紀に求められる人間像と矛盾した考え方のもとで進められている教育基本法の改正の動きは、今、子どもたちが発している様々なシグナルに応える教育改革や、教育現場や地域や家庭における様々な問題の解決のための教育改革につながるものとは、とても考えられない。
「教育基本法は制定から50年以上経過し、時代に合わなくなっている」という指摘がありますが、むしろ「制定から50年もたっているのに、いまだに教育基本法が掲げる『個人の尊厳』や『人格の完成』といった理念が実現されていない」と考えるべきではないでしょうか。「時代に合わなくなっている」のではなく、「時代が今こそ教育基本法を求めている」のであり、その意味で本県が進めていく教育改革も、教育基本法の理念を活かす方向で検討していくべきと考える。教育長のお考えを伺います。
(答弁:教育長)
昨年9月に教育改革大綱を策定した。この大綱は、教育基本法の理念を踏まえ、これからの教育に求められる自分で課題を見つける力、自ら学び自ら考える力、意欲をもって活動し問題解決する力の他、正義感や道徳を重んじる心、人の命や人権を尊重する豊かな人間性を培うことも掲げている。
教育会議の中で、具体的施策の取り組みについて議論をしているが、各分野の意見や助言をいただき、本県の教育改革に取り組んでいく。