富山県への視察 [視察報告]
6,7,8日と、総務常任委員会の視察で、富山県と石川県を訪れた。10月の北陸はどんよりとしているのかと想像していたが、初日は雨が上がったばかりので、空には少しばかりの雲があり、暑からず、寒からずのとても清々しい気候だった。最終日もかろうじて、雨に降られず、参加した議員たちの日頃の行いがよいことが幸いした。(?!)
それにしても、二日目に能登半島を北上中に眺めた日本海は、青空と穏やかな波が揺れる、日本海のイメージとはほど遠い、太平洋側の海のようだったが、このような気候は一年のうち、ほんの一時だけのことだそうだ。そして、穏やかな海の向こう側は、日本とまるで体制の違う北朝鮮なんだなと思うと、一日も早い拉致被害者の帰国を願わずにはいられなかった。
さて、本題の視察なのだが、今回は富山県庁で、行財政改革の進捗について話を伺った。改革のメニューは、本県と大きな違いはなかったが、項目と進捗を簡潔に一覧にしてあり、とてもわかりやすかった。三位一体の改革で来年度以降が、どのような県財政運営になるかは、いずこも同じ不透明さで、ここでも苦悩が垣間見られた。
混乱が続き混沌としてきた玉名地区の島津県議から、市町村合併の状況について質問があったが、富山県は、「合併をしない村が一つ残っているが、今のところ大きな混乱はない」とのことだ。富山県の場合は、現在人口約110万で市町村数は39。今回の合併では、13か14市町村まで減るそうだ。本県の自治体数は人口の割にはかなり多いようだ。スケールメリット(自治体が、ある程度の規模であることで運営が容易になる)という点では、分権で市町村に降ろされたメニューを、少ない職員でこなすのは容易ではないので、1000人以下の小さな自治体で存続するのはかなり難しいと思う。したがって、合併そのものを否定するものではないが、本県の場合の進め方には大いに問題があったように感じる。
市町村と県との意思疎通、情報交換、合意形成のプロセスがどうだったのかは、今後検証していく必要があるだろう。富山県の場合、本県のような地域振興局は置いておらず、合併も県の担当部局が直で進めてきた。本県の場合、合併推進において、すべてではないが、域振興局幹部や担当者が丁寧さを欠いていたという話しを聞く。つまり、合併ありきでははく、地域の目線で、将来像を一緒に模索していこうという姿勢がどれだけあったのかということだ。一時的には使える合併特例債も、孫子の世代には返すべき借金として残り、自治体の運営の足かせになる可能性が大だが、そんな説明は協議会の中でなされたとは聞いたことがないと、合併の問題点を早くから指摘していた本県のある市議会議員が語っていた。
当初県が描いた合併の姿からは、かなりかけ離れたものになりつつある。“県の言う通りにすればいい”と県は“指導”し、自治体の首長も少なからず、住民に丁寧に説明した上で意見を聞くことなく、無自覚に合併協議会のテーブルについていたのではないか。苦渋の思いが滲む島津県議と、富山県職員とのやりとりを聞きながら、あらためてそう思った。