東京・宮城への視察 [視察報告]
15、16、17日と東京と宮城県に、厚生常任委員会で視察に行ってきた。議会へ向かう車の中で、「宮城県沖で地震があり・・・」と流れてきたので、「ええーっ!」と叫んだのが、「震度3」とのことで、とりあえず予定通りの出発となった。幸いなことに、3日間地震に見舞われることもなく無事に行程を終えた。
さて東京では、まず臨海地区の家電リサイクル工場、東京エコリサイクル株式会社を視察。この工場は日立を中心に、家電メーカーが提携して運営されていた。社長の馬場研二さんは、熊本市出身ということで、先輩だ、後輩だと、執行部の皆さんと話に花が咲いていた。
この工場は、私がこれまで見た北九州や水俣の家電リサイクル工場とはかなり違っていた。フル稼働で冷蔵庫、テレビ、洗濯機などを、熟練した従業員の皆さんが、流れ作業ではなくセル方式でてきぱき解体していた。「機械ではなく、やはり人間が一番仕事ができます」と馬場社長。危険な物質(フロン等)も含まれているが、メーカーや製造年によって違うので、それを判断できるのはやはり人間なのだ。馬場さんは、「リサイクル出来ないものはない」と、家電製品のコードまで、外側の塩ビと内側の銅線も分けた“資源”を見せてくださった。徹底的なリサイクルという点で、まだまだ私の意識も甘いと認識させられた。
その後、東北新幹線で仙台へ。先日韓国で乗ったKTXとは違って、新幹線は随分ゆったりとした空間だ。快適に2時間乗車した後、雪の時期を迎える前の“しばれる”仙台に到着。完全な紅葉には後一歩で、まだ県庁周辺の木立も緑を残していた。仙台では、宮城県庁で障害者施策と環境政策についてお話を伺った。
知的障害者の県営の入所施設「船形コロニー」の解体について、そこまでに至る経緯や取り組みの進捗、今後の見通しなどをお聞きし、その後質疑や意見交換を行った。「解体という言葉は今でも十分に理解されていない」と、障害福祉課の相原さん。最も障害が重い人たちが、船形コロニーには入所していたので、彼らが地域で暮らせるようになれば、民間施設でも取り組めるはずだ。決して親元に返されるのではない。そして着々と進んでいる。財源が乏しい中ではあるが、グループホームや日中活動の場の整備しながら、地域で暮らすことを当たり前していきたいものだ。相原さんによれば、「入所していた人たちの表情は、明らかに地域で暮らしている今のほうが、明るく、生き生きしている」そうだ。宮城の取り組みが間違っていないことを確信できた。
これからの課題は、養護学校高等部を卒業する若い障害者だ。つまり、これまでの年金が貯まっている施設入所者と異なり、地域で暮らし始めるための資金がない彼らの地域生活をどう支援するかは、解決すべき大きな課題とのことだ。熊本での支援活動の中、私もまったく同じ認識を持っていた。障害者施策は、理念が少しずつ共有され、これから実践へという時、財政破綻のあおりをくって厳しい時代を迎えつつある。何としても、仲間や保護者そして、心ある行政の皆さんと連帯して、少しでも理念に近づけていきたい。
環境政策について印象に残ったのは、塩漬けの県有地や買い手が見つからない工業団地を、製造企業ではなくむしろリサイクル企業を誘致していくという方向も重要だと、両県の担当者は意見交換していた点だ。確かに熊本では、水俣のエコタウンでリサイクル企業が誘致されているが、全県的に広がっていってもいいと思う。前述の東京エコリサイクルの馬場さんの話からすれば、この発想の転換はもっと深化させるべきだと感じた。
私の議員生活も、12月で丸8年を迎る。これまで何回も視察には参加させてもらっているが、今回は1、2を争うほど、充実した内容の視察だった。メンバーがよかったからかな~、ということにしておこう。
<補足>その他の視察先は:
社会福祉法人せんだんの杜(高齢者福祉)
日本製紙岩沼工場(ゼロエミッションの取り組み)