我が家の食事
これまでの台風は関東地方を襲いましたが、今度の台風15号は、九州近辺をうろうろ。本当にどっちに進むのか、いつ離れてくれるのか、早くその影響を逃れたいものです。
ブログ トップ>2002年08月
これまでの台風は関東地方を襲いましたが、今度の台風15号は、九州近辺をうろうろ。本当にどっちに進むのか、いつ離れてくれるのか、早くその影響を逃れたいものです。
学生約30人、社会人10人(採用2年目の県職員の人も数名)と、幸山県議、大西県議、平野、溝口人吉市議(32才)の4名が参加して、ドットジェーピー九州は立ち上がりました。(鎌田県議は、ビデオレターで参加)。佐藤大吾さんという学生時代に、この議員インターンシップを始めた人が本部からやってきて、これまでの趣旨や活動経過を報告してくれました。
議員となって4年8ヶ月が過ぎましたが、未だに違和感を覚えるのが、議員に対して「先生」という呼称が使われることです。教師や医師などに先生と呼ぶことと、議員に対するそれとは異なるものを感じます。本来、特定の技量や識見を持った人や先達が「先生」ならば、今の議員でそれに値する人はほんの一握りでしょう。
自治労県本部の竹村昌記さんを講師に開催しました。当日は、台風による風が強くなりつつある日でしたし、北部公民館はわかりにくい場所にあったのですが、北部方面の方たちが、20名程参加してくださいました。
私を支援してくださっている熊本県高等学校教職員組合の、夏の教育研究集会に参加しました。「学校週5日制と総合的学習」については、現場でも試行錯誤で、様々な取り組みがなされていますが、昨日は、熊本大学教育学部白石陽一教授の講演の後、各教科別にそれらを持ち寄っての発表がありました。「勉強は『強いて学ぶこと』、本来の学びではない。『供役、苦痛、反復、孤独』などの詰め込み学習ではなく、『楽しく、人とのつながりが尊重され、共に高めあっていく学び』を」と、これまでのやり方を考え直し、あらたな視点や方法での授業構築に向けて、先生たちの取り組みも始まっています。
18日、日曜日。その日の午後、私は自宅で日々積み上がる書類に目を通したり、整理したりしていました。ドアのチャイムが鳴ったので、玄関口に向かいました。そこには汗だくの郵便配達の方が。「平野清一さんに書留です」一瞬、「あっ、住基ネットのコードだ」と、わかりました。受け取らないでおこうと思い、「本人はおりません」と伝えました。すると「おたくでよかです」との返事。
事件、という程大げさなことではないのですが、8年経っても、私には忘れられない出来事です。その頃、前福島知事は、「やさしいまちづくり」を進めるため、まず、県有施設のバリアフリー・チェックに着手しました。県下の建設業者、設計士、福祉関係者、障害を持つ当事者などを総動員して、グループに分け、主だった県有施設をチェックし、改修に取り組んだのです。
営繕課の依頼により、県庁本館の改修終了を前に、バリアフリーやUD(ユニバーサルデザイン)の視点でチェックしました。当日は、視覚障害者団体の方々や車いすを使用する立場からヒューマンネットワーク熊本の仲間とともに参加しました。改造ですから、構造上の制約もありますので、100%満足とはいきませんが、地下大会議室などかなり工夫の跡が見られました。
県庁本館の改修がほぼ終わろうとしています。老朽化した配管の改修や耐震性強化のためには、何らかの改修は仕方なかったと思いますが、100億円までもかけての改修には確かに賛否両論あると思います。財政への圧迫要因の一つとなってしまったかも・・・。
夏休みで里帰りしている甥の建は12才、まだあどけない中学1年生。「おばちゃんが仕事している県議会とか県庁とか見たい?」、「見たい!」ということで、昨日、彼は議会見学にやってきました。議会事務局にお願いして開場してもらい、私の議員席に座ってみたり、壇上にあがってみたりで、議員を”体験”しました。
今朝、宅配便で生鮎が届きました。お盆の前に届くようにと希望はしていましたが、あくまで漁によって左右されると予め聞いていますので、納得です。さて、ボックスを開けてみると、尺鮎とはいかないまでも、20cmを超える見事な姿の川辺川産の鮎たちが、氷の中に静かに眠っています。申し訳ないけれど、早速、天草の天然の塩をふって焼き、にんまりとしながら、いただきました。いやーっ、実にウマイ。
8月15日は終戦記念の日。NHKは特番を組んで、カイロ・ニューヨーク・東京を三元中継して、同時テロやその後の報復攻撃などについて、若者に語らせていました。前半は、自分の立場や世界感から抜け出せていないようでしたが、互いの違いを知り理解することから始めたいという意見が大半を占める後半のディスカッションに、胸がジーンとしました。
埼玉に住んでいる弟と、父の墓参りに行ってきました。父は、弟が2才、私が5才のとき、交通事故(歩行中)で亡くなりました。おませな私は、父をしっかり覚えていますが、弟は全く覚えていません。もう既に、亡くなった時の父の年齢をはるかに過ぎた弟。ジリジリと照りつける夏の日差しの下、墓前に手を合わせる彼を見ながら、時の流れを感じます。
夫の研修(筑波大付属盲学校にて)について東京に来ています。議員になってから、出張や会議以外での上京はこれが初めてです。日中、彼は研修、さて私は何するかな?遊べばいいのですが、何と交通システムオタッキー、言え、国土交通省も舌を巻き、一目置く知る人は知っている、知らない人は全然知らない、熊本出身の丸山力さんとアポを取り、彼のガイドで、東横線のホーム地下化や地下鉄のバリアフリー化などを、”視察”しました。
8日、9日に熊本市内で開かれたいた同学会のオプショナル視察です。ヒューマンネットワーク熊本の仲間と私は、辛島公園から、下通り、パレアまで約15人の参加者と共に、バリアフリーチェックを行いながら移動。「桂花ラーメン」本店改築の際のバリアフリー化では、私たちが協力し完成しましたが、まだまだ利用できるお店は多くないことを、参加者の皆さんも気づかれたのではないかな?
女へんが付く漢字は多いですよね。しかし、これには歴史的に女性が置かれていた状況や、男性優位性や差別性が、如実に表れています。たとえば、娘(若ければ”良”?)、嫁(家に入るのが当たり前)、姑(古い女っだって!)などなど。
昨年11月の全国女性議員サミットinくまもと実行委員会も、いよいよ解散です。解散を記念して、木元教子さんの講演会を開きました。この方、国の委員も務める原子力発電の容認派。ときどき、テレビで見せられるタカ派的発言も気になっていましたので、正直言って少々心配しました。
山口県議の佐々木明美さんをお招きし、2001年2月には男女共同参画条例を施行している先進県のお話を聞きました。今、山口県議会は女性が4名。1999年3月までは彼女一人で、野次を飛ばされながらも「女性の人権のためだけではなくて、あなた方男性の人権の問題でもありますよ」を常套文句に、女性の問題に孤軍奮闘で取り組んでこられました。ところが、4人になって党派を超えて、この問題でスクラムを組むと、すんなり条例が可決したとか。なるほど、数は力!
NEXTEPという若者の団体が一つの事業とし行っている「議員インターンシップ」で、2月議会中2週間ほど、熊本大学の学生さんが私のところにやってきました。まあ、「議員とはいったい何をしている人?」というのが、多くの若者が素朴に思っていることでしょう。私も、自分がなってからわかったようなものですもの。格式張った雰囲気など、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が住むのが政治の世界であることは事実ですが、結構私のようなフツーの人も議員をやっているんだと思ってくれたのでは?
3年前の夏、交通視察のため、ドイツ国内を転々と列車で移動しました。次から次へと目に飛び込む車窓からの景色は、緑豊かな大地と、教会を中心として広がる赤レンガ色の集落。人口1000人あるでしょうか、とにかく自治体の規模は、決して大きくないようでした。