暑い中での仕事
高齢の方々は、温度差の影響で血圧に異常をきたし、冬に亡くなられる傾向があると思っていたのだが、夏も結構多いようだ。先週から3回も高齢の方のお葬式に参列した。もともと病気を抱えておられた方々だが、特にこの暑さでは、空調が余程しっかりしていないと、気温の変化が老いた体には応えるだろう。夏が苦手の96歳の祖母は、今のところ元気でほっとしている。
ブログ トップ>2004年07月
高齢の方々は、温度差の影響で血圧に異常をきたし、冬に亡くなられる傾向があると思っていたのだが、夏も結構多いようだ。先週から3回も高齢の方のお葬式に参列した。もともと病気を抱えておられた方々だが、特にこの暑さでは、空調が余程しっかりしていないと、気温の変化が老いた体には応えるだろう。夏が苦手の96歳の祖母は、今のところ元気でほっとしている。
鮎の季節だ。我が家にも、冷凍で川辺川の立派な鮎が届いた。22~24cmの中くらいの鮎は、一匹でも十分食べ応えがある。ぱりぱりとした皮め、ふっくらとした白身、ちょっと苦いけど美味な腹・・・、しっかり夏を感じさせてくれる食材だ。
何日ぶりだろう。梅雨もまともに雨が降らなかったので、この夏はとても長く感じられるのだが、酷暑続きの中、やっと待望のまとまった雨となった。地下水が豊富な熊本とは言っても、太閤橋から見える白川は、川底が見える程の水量だった。今日の雨で少しは持ち直すかな。
景気が回復してきたと、参議院選の最中に発表された。GDPベースで実質成長率が、3.5%だそうだ。個人消費も当初予想より、1.1%増しの2.6%。この要因として、企業収益が上がったことによると言われるが、喜んでばかりはいられない。なぜなら、企業収益上昇の陰には、「大規模な人員削減」や「非定期雇用」があったからだ。もちろん、デジタル家電の消費が増えたことも内需増として表れたが、果たして、国民は「景気が上向いてきたぞ-!」と、実感しているのだろうか。特に、99%が中小企業という熊本は一向に明るい兆しが見えないと、どこに行っても不満を耳にする。
昨日は土用の丑の日。夏場の体力ダウンを防ぐために、うなぎを食べて乗りきろうという習慣だ。うなぎもいいが、こう暑くては、その兄弟である若干あっさり目の「穴子」もいいかなと思い、昨日は穴子を白焼きで戴いた。これも絶品!とにかく、うなぎでも穴子でも、今年の猛暑に負けないよう、夏バテ防止効果を期待したい。
一昨日、会議のため上京したが、休日ということもあり、日比谷から竹橋あたりもそんなに猛暑というわけでもなかった。ところがその翌日は、人口も通常の過密状態に戻り、車も増え、エアコンフル回転で、大手町では何と39.5度を記録したそうだ。
熊本学園大で三年間開かれていた「ハンセン病講座」が今月で終了した。ハンセン病問題の専門の講座として全国的にも注目されていて、私も今年こそは、“もぐり”で受講しようと思っていたので、大変残念だ。全国療養所入所者協議会(全療協)からは、この先駆的取り組みに感謝状さえ贈られている。
1億円がどれくらいの札束のボリュームなのか想像もつかないが、それがたった一枚の小切手と化してやり取りされる政治の世界は、庶民の感覚からは月と地球ほどの隔たりがある“利益誘導の伏魔殿”と呼ばれても致し方ない。
障害者権利条約制定に向けて、国連で協議が進んでいる。来月末も2週間、ニューヨークでの特別委員会に、外務省職員と当事者団体の代表が派遣される。熊本の東俊裕弁護士も、当事者であり、法曹関係者として参加予定だ。私もオブザーバー参加を要請されたが、スケジュールが空きそうにもない。
梅雨も明け、いよいよ本格的な夏がやってきた。夕方になると日中の暑さ故か、ビールが恋しくなる。何でも、ビール、日本酒、焼酎などは、毎日適量飲んでいると脳梗塞などにならず、健康にいいそうだ。それも“毎日”でないと行けないらしい。こんな新聞記事を見つけて喜んでいるのは、ウチの会派の渡辺県議と田上県議。くれぐれも飲み過ぎにはご注意を。
全国的にも注目されていた一人区の熊本選挙区では、民主党の本田良一氏は議席に届かず、自民党の木村仁氏が闘いを制した。兎にも角にも、両候補にはご苦労様でしたと申し上げたい。熊本県内を梅雨時から夏にかけて駆け回る熾烈な参議院選挙だけに、お二人とも疲れが残らないといいのだが。
今日は参議院選挙の投票日。このコーナーをご覧の皆さんは、選挙権を行使しないなどということは「あり得ない~」かもしれないが、天気の良さと、忙しさの中で、どうぞお忘れなく!
熊本市は大接戦の様相を呈してきた。昨日街宣車で回っていても、そう感じる。野党にとっては追い風のはずだから、これをどう帆に受けるか、態度を最終的に決めていない無党派層にその風をどう向けていくか。ややもすると、選挙を進めている当事者側だけのハイテンションで最終日は訴えがちなので、逆に丁寧で的確な訴えを心がけたい。
バリアフリーデザイン研究会が発足したのは、確かヒューマンネットワーク熊本と同じ91年だった。設立メンバーの中に、建築士の三島博さんがいる。その三島さんが突然50歳という若さで他界された。心筋梗塞だったそうだ。もうあの暖かい笑顔を見ることができないとは、全く信じられない。
一昨日は、阿蘇の一宮、阿蘇町等、路地まで含めて回った。想像以上に反応がよく、家から出てきて下さる方も多く、農村部でも相当小泉政権への批判が渦巻いていることを伺わせた。それにしても、私の選挙区でもない阿蘇でマイクを握るのは初めてで、新鮮だった。
昨日は、民主党の街宣カーに田上県議と乗り、熊本市西部を中心に参院選での支持を訴えた。話しの中心は、新聞報道にもあるとおり、年金問題とイラク問題。それに、首相の言動について。若い人は働きに出ていて不在も多い団地でも、ところどころで、高齢者の方が手を振ってくださる。私の祖母のように、「どうも小泉さんはおかしいぞ」という思いなのだろう。
自分の選挙も含めて、サンロード新市街などでの街頭演説を、これまで何度も経験した。しかし、昨日(4日)ほどたくさんの人がサンロードを埋め尽くす光景を見たことがない。参議院選挙の応援で、民主党党首の岡田克也氏が来熊し、選挙区(本田良一候補)と比例区の支持を、雨の夕方、1000人は下らない聴衆に訴えたのだ。
昨日は、支援費を利用している重い障害を持つ仲間たちが、50名ほど集まった。これほどの人が一堂に会することはめったにないので圧巻だった。そして、5つのテーブルに分かれた参加者は、堰を切ったように、口々に熊本市の支援費の運用について報告し合った。想像以上の、不安と不信が渦巻いていた。
1980年代後半、重度の障害を持つ友人は、大学前で行き交う学生にビラを配り、介助ボランティアを求める毎日だった。生きるための排泄、入浴、食事などの介助を、まだ行政が保障しておらず、学生ボランティアに頼らざるを得ない状況が長く続いていた。わずかに派遣される公的ホームヘルパーの中には、「地域でこんな暮らしをするより、施設に行かないのか?」と高圧的な人もいて、自分の居場所を地域に求めて、ノーマライゼーションの実践をしようと模索している重度障害者の思いと、重なる人は少なかったそうだ。