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憲法改正より政策論議を [みどり日記]

ここ2週間の間に、私にとって意味のある二人の方との再会あるいは出会いがあった。一人は、2年前に講演会でお招きした北大教授の山口二郎さんと、日本国憲法草案作成者の一人、ベアテ・シロタ・ゴードンさんだ。お二人とも憲法を考える集会で講演するため、来熊された。

山口さんはもともと護憲の立場の学者ではあるが、最近は「護憲」という言葉にすがり、唱えるだけではダメだとおっしゃる。憲法を基本にした平和と平等を求める勢力を政界に増やしていく必要を訴えていた。

山口氏はこう言う。「改憲派は自民党にも、民主党にもいると、言い捨ててはいけない。民主党の中の、松野信夫さんのような議員を増やす必要がある。そもそも、根っからの改憲派は民主党内でも1割もいない。若手の議員たちには、『今憲法を云々することより、やらなければならないことは他にたくさんある』と説いていくと納得は得られやすい」つまり、憲法改正を強力に進めるグループは、自民党も民主党も含め、一部のイデオロギー集団であり、今は国民の実生活を基点にした政策にこそ、政治の英知を結集する必要があるということだ。全くその通りだと思う。

ベアテ・シロタ・ゴードンさんは、ロシア人の女性で御年80歳。ピアニストの父を持ち、ウィーンに生まれた。その後戦前の日本に移り、日本とアメリカで教育を受けた。その彼女が、何故憲法草案のスタッフとなって、何をしたかは、著書の「1945年のクリスマス」に詳しいので割愛するが、ベアテさんがいなかったら、現憲法に「男女平等」を書き込むことは不可能だった。わずか22歳だった彼女だが、既に米国ミルズ大学を卒業しており、各国を旅して世界を知っていた。そして何より、国によって抑圧された人民や日本の女性たちのことよく知っていた。それでも、日本を誰よりも愛した女性だった。だからこそ、憲法草案作りに必要とGHQは判断したようだ。

1945年にベアテさんが意図した「将来の日本の女性の姿」はどんなものだったのだろう。もちろん日本女性たちは、戦前とは比べものにならない程自由を得、個性を伸ばすことができる環境ができた。しかし、教育は受けていても、社会の中枢で活躍する管理職や政治家に、女性の進出がなかなか進まない現実は深刻だ。

GHQは、当初日本人学者に憲法草案作りを任せていた。ところが、マスコミのすっぱ抜きにより、その草案が明治憲法と少しも変わらない内容だったがわかり、国民は怒り、GHQも驚愕した。そこで、マッカーサーは、ベアテさんも含むアメリカ人の学者などに草案を作らせ、今の日本国憲法が出来上がった。彼らは、歴史をひもとき、各国の憲法を精査し、一つの理想の憲法の在り方を、日本国憲法で実現させた。本来は日本人による憲法を望んだが、戦前の呪縛は根深かったことで、米国人による憲法が出来上がったのだ。よく、押しつけられたという言葉を聞くが、むしろアメリカからの英知のプレゼントだったと言える。

それにしても、かつて憲法草案を作った日本人たちのイデオロギーが、50年以上たって頭をもたげてきて、勢いづこうとしている。今一度考えたい。いったい今、この国の憲法を変えることにエネルギーを費やすことに何の意味があるのだろう。戦後の成長期を経て、停滞してきた今の日本。様々な問題が複雑化してきた日本。しかし、これを憲法のせいにされてはたまらない。日本が、戦争のできる国作りに向かうことを許す、憲法改正には断固として反対だ。むしろ、憲法を根付かせてこなかったことをこそ、謙虚に反省すべきだ。繰り返すが、憲法改正に向けられるエネルギーは、山積みにされている現在の、行財政改革、福祉、教育などの具体的な政治課題解決に向けられるべきだ。


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