命懸けで子どもと向き合う夜回り先生 [みどり日記]
「夜回り先生」こと水谷修さんは、神奈川県の定時制高校の教員だ。夜間の授業が終わると、彼は夜の街に出る。そして夜の街にたむろする子どもたちに声を掛ける。大人が支配している夜の世界に、彼らが引きづり込まれるのを助けるためだ。時には、既に大人によって痛めつけられた子どもたちを救うために動く。覚醒剤、シンナーなどの薬物中毒にされている子どもたち、売春させられている子どもたちは、私たちが想像以上に多く闇の社会に存在する。水谷さんは、「自分はもっとも『死』に近い教師だ」と言う。子どもたちを食いものにする暴力団などの大人の裏社会と、命懸けで闘っているからだ。
既に彼の本を読んでいた私は、先日熊本で行われた講演会に行きたかったのだが、タイミングを逃してしまった。その水谷さんを追ったドキュメント番組がNHKで放送された。初めから終わりまで引きつけられた。彼の強い意志と一方自分の弱さに謙虚な姿勢に胸を打たれた。水谷さんは、不登校になったり、学校にそもそも行かなかった子どもたちを、100%そのまま受け入れる。決して、暴力や体罰や罵倒など一切用いない。そんなもので解決など出来ないとわかっているからだ。子どもたちの、子どもとしての当たり前の成長や育ちを阻んでいるのは、大人のゆがんだ価値観に他ならない。学校においては画一的な点数至上主義の教育、個性を重視するといいながら排除する論理。社会においては、子どもたちを「闇の経済の道具」としている無節操さと残酷さ。
子どもたちの心の痛みと叫びに、丁寧に耳を傾けることが、今何より大人に求められている。徹頭徹尾、子どもを信じること。難しいがこれを根底に置かなければ、子どもは大人を信じないし、心を開かない。水谷さんは、「何をしてきたっていいんだ。今何をしていてもいいんだよ。でも死ぬことだけはダメだ。まずは今日から、水谷と一緒に考えよう」と、毎晩夜の街で呼びかけている。
民間採用の福井県の副知事が、「不登校の生徒は不良品だ」と発言したそうだ。まるで生産ラインに並んだ製品の中から、欠陥品をはじき出すかのような言いぐさだ。背筋が寒くなる。こんな人間は行政にも教育の現場にも要らない。よもや熊本県で教育にあたっている人に、こんな考えを持つ人はいないだろうが。ちなみに水谷さんは、先日の講演で、「これまで熊本県には殆ど来たことがない。熊本県の子どもたちの置かれている状況は深刻だと聞く。これからは集中的に来て、教育関係者や保護者や子どもたちに、話し(講演)をしたい」と語ったそうだ。是非、私も彼の話を直接聞く機会を持ちたい。