大人になるって? [みどり日記]
成人の日が15日でなくなって何年目だろう。昨日の10日、町で晴れ着を着た女性たちを見て、成人の日だと気づいた。今年も、集団で騒ぎを起こすことに生き甲斐を感じている “成人”諸氏がいることを、メディアが報道していた。気に入らないなら行かなければいいが、彼らは、袴姿で徒党を組んで式典には出かけて、騒わぐ。見ていて情けない。四半世紀前、私は学生だったので、社会人になった時が成人と思い、成人式そのものには参加していないのだが、整然と真面目な式典を期待して、昨日わざわざ参加していた新成人にとっては気の毒だ。
成人式や成人の日が、成育過程で、自分を認めてもらえてこなかったたため、自尊感情が歪んでしまった若者の発散の場、意思表示の場だとすれば、そんな若者が多くなってきたことに、社会の責任も幾ばくかはあるだろう。しかし、やはり一種の“劇場”として楽しんでいるような若者たちを、メディアが報道するから、余計に増長するのではないかとも思う。本当に困った人たちだ。
それにしても“大人になれない大人”が世の中には多い。“大人になる”ということはどんなことなのか。私自身、本当に大人なのか。確かに、子どもじみた大人たちを見ると、若者が未成熟なのは、大人と呼ばれる人たちが未成熟であることの投影だと思える。成人の日に、あらためて大人であること、大人になることについて、考えてしまった。