従軍慰安婦の存在実態こそを認識すべき [みどり日記]
郵政民営化問題での衆議院での審議から、一転、「誠意を持ってまじめに審議に臨む」とした参議院での小泉首相の態度、果たして皆さんはどう感じておられるだろうか。「ね、ボクうまく答えたでしょ?」とでも言いたげで、子どもっぽく評価に値しないと感じた。底の浅い彼の劇場型政治スタイルは、国民を蚊帳の外に置いて、唯我独尊状態を突き進んでいる。参議院で「造反議員」が、18人以上出て、いっそのこと解散総選挙になることを大いに期待している。
そんな首相に右にならえで、閣僚たちも言いたい放題が続いている。これまでなら更迭されてもおかしくない発言が、まかり通っていく。最近、怒り心頭に達しているのが、中山文部科学大臣の「従軍慰安婦はなかった言葉」発言。中山氏は、カナダ在住の20代の大学院生(女性)のメールを得意げに10分間にわたって紹介し、「真剣に考えてくれている。ありがたいことだ」と発言したようだ。
その当時、従軍慰安婦という言葉がなかったとしても、そのような実態があって、彼女らが「慰安婦」と呼ばれていたことは間違いない。写真や証言はいくらでもある。従軍慰安婦という言葉が気に入らないのなら、「軍専用慰安婦」とか「軍属慰安婦」の方がもっと実態を端的に表しているだろう。国際的には、「性奴隷制」と称されている。実態すらなかったという認識ではよもやあるまいが、歴史の暗部が日本の「伝統と誇り」を傷つけ、世代に引き継ぐにたらないことと考えているとするならば、即刻文部科学大臣を辞めていただかなくてはならない。
いかにも、「若い女性の中にはこんな考えの人たちがいるのだ」と誇らしげのようだが、こんな若者を育ててしまって、被害に遭われた方々に申し訳ないと頭を垂れてしかるべきだ。ところが、「運が悪かったよね。でもあの頃は誰だって大変だったんだ。明日は命を落とすかもしれない日本兵に、つかのまの安らぎを与えたのだから、誇りに思っていいのでは」とでも言わんばかりだ。自分の意志とは関係なく、生きることへの希望も夢も剥ぎ取られ、来る日も来る日も強姦され続けていた女性たちの悔しさや絶望に、少しでも寄り添うという気持ちがあるなら、あんな認識を自分の立場もわきまえずに、平然と言い続けられるものではないはずだ。
マスコミも事実を淡々と伝えるだけでいいのだろうか。多くの国民が生活に疲れ、混乱しているときだけに、今の政治の在り方や政治家を鋭く突きづける姿勢が、新聞やテレビに最近つとに足りなくなっていることを、大変憂慮している。