”私は国家公務員” [みどり日記]
広田和子さんと始めて会ったのは、1996年にニュージーランドのオークランドで開催されたRI(リハビリテーション・インターナショナル)世界大会の会場だった。約一週間の会議中、何度か食事をしたりする機会もあった。彼女の第一印象は、“明るくで賑やかな人” だった。そんな広田さんは、自分が精神障害を持つ当事者であること、仲間を支援するピアカウンセラーであること、横浜市などの福祉関係の審議会の委員も務めていることなど語ってくれた。
広田和子さんと始めて会ったのは、1996年にニュージーランドのオークランドで開催されたRI(リハビリテーション・インターナショナル)世界大会の会場だった。約一週間の会議中、何度か食事をしたりする機会もあった。彼女の第一印象は、“明るくで賑やかな人” だった。そんな広田さんは、自分が精神障害を持つ当事者であること、仲間を支援するピアカウンセラーであること、横浜市などの福祉関係の審議会の委員も務めていることなど語ってくれた。
とにかく、自分の経験や仲間の支援の中から出てくる、本質を鋭く突く言葉を持ち合わせている人だ。遅まきながら私は、その時の広田さんを通して、精神障害を持つ人たちと医療との“闘い”を、始めて意識するようになった。今では、インフォームド・コンセントを前提とする医者と患者の関係も築かれ始めているようだが、まだまだ医者が主導権を持っていて、薬漬けの実態は改善されないようだ。薬漬けでは、生活の質も低下せざるを得ないと聞く。
RI自体は、福祉や医療の専門家の会議だが、敢えて広田さんや私などが、「当事者が医療モデルにされる時代は終わった。専門家のための専門性ではだめ。当事者の中にこそサービスニードはある」と主張することに意味を感じて帰ってきた。
さて、本論なのだが、その広田さんが、昨日発足した「NPO法人全国精神障害者ネットワーク協議会」の発足大会のシンポジウムや分科会に参加するため、来熊していた。なかなかお会いする機会もなくて、約10年ぶりの再会となったが、彼女はよく覚えてくれていた。シンポジウムでは、相変わらず元気な発言で聴く人の心を掴んでいた。彼女は、自分自身が精神障害を持ちながら、もっと複雑な事情の当事者からの相談を次々に引き受けてきている。当事者としてのダイレクトな発言は、厚生労働省の委員となっても衰えることはない。
そんな広田さんは生活保護で暮らしている。そして、彼女の家(借家)では、駆け込み寺として、当事者や時には家族も受け入れている。彼女曰く「私は、国からお金をもらって仕事をしているから“国家公務員”だ。そこら辺の役人より、よっぽどたくさん仕事をしている。(ピアとしての仲間の支援活動など)」また、地域の交番などを、相談者との待ち合わせ場所にしたりと、精神障害者を理解する“警察官養成”にも寄与している。精神障害者と警察の新たな関係だ。凄い。
質疑の際、ある人がこんなことを広田さんに聞いた。「広田さんは相談を受ける立場ですが、あなた自身が相談者から非難されることはないですか?」それに答えて、「ありますよ。そんな時は、そろそろこの人も“ご卒業かな”と思えばいいんです。また必要になったら来ればいい」と広田さん。まったくもってなんと逞しい人なのだろう。熊本の当事者のリーダー、徳山大英さんもそうだが、不思議なパワーを感じる人たちだ。なかなか声も発せない人たちが彼らの後ろには大勢いる。彼らのピアとして、広田さんや徳山さんには、これからもご自身の障害と折り合いながら、まだまだ頑張っていただきたい。