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ブログ トップ>2006年06月

2006年06月28日

ひどすぎる県女性幹部の少なさ

梅雨の小康状態だろうか、何とか昨日、今日は日中大雨にたたられず、移動に難儀することなく過ごしている。雨水を吸い込んだ地盤がゆるんでいる地点も多いようだ。くれぐれも注意していただきたい。

さて「男女共同参画道半ば」・・・というより、「かなり深刻」な熊本だ。昨日の総務常任委員会で渡辺県議が、本県の女性幹部登用率や女性議員の比率が、全国ワースト2位であることを指摘してくれた。前日に、最新の内閣府調査による「女性の参画指数」のコピーと新聞記事を渡して、質問をお願いしていたが、渡辺議員もその低さに驚いておられた。

女性知事は全国に4人いるわけだが、女性幹部登用については東京(12.0)がトップで、知事の考え方がどうであれ、上位に都会が多く地域差があることは当然かと思う。しかし、地方においても、改革派知事の鳥取県(6.7)や高知県(6.7)は高いポイントで目立っている。熊本県は、北海道の1.1に続く、“1.2”でワースト2位なのだ。当然、九州の中でも目を覆いたくなる結果だ。

以前の調査でも同じような位置だったが、その時の人事課の言い訳は、「本県は県立総合病院を持ちませんから、医療職の女性管理職が少ないので・・・」だった。確かにそれもあるかもしれないが、本質的な原因ではないと思う。何か根深い構造的かつ体質的問題があるのではないか。未だに、男性が作り上げてきた“目に見えないネットワーク”や不文律が闊歩していて、女性は不利な状況に置かれているのではないか。これだけ深刻な状況なのだから、たとえば昇進や職務割り当てなどで、同じ位置に男性職員と女性職員がいたならば、女性を優先的に引き上げるという覚悟が必要だ。これをアファーマティブ・アクション(積極的差別是正)という。これは時限的には必要な措置だ。

また男性職員の意識改革も急務だ。未だに、女性職員に用事を任せる時など、「ウチの女の子に○○を持って行かせます」などと言っている男性はよもやいなだろうが、その程度の職員が管理職になれるのなら、ポストをもっと女性に譲れるだろう。また女性職員も、昇進だけを意識し、これまでの男性のスタイルを踏襲する職員であってはならないが、税金を使って仕事をし、報酬を得ていることは常に意識し、自分の力を信じ、それを高めていく努力も期待したい。

私は何も、「能力や資質が無いけれど、そこそこの年齢や経験の女性職員」も含めて管理職にせよ、とは言っていない。しかし、なぜかその逆はよく見るパターンだ。つまり、「能力や資質とは関係なく管理職になっている(してもらっている)男性職員は少なくない」ということだ。いずれにしても、今一度、男性職員や人事課は、本来男性・女性を超えた公務員として持つべき意識ではなく、“男性の理屈や価値観”を根底に置いている男性職員はいないか、早急に洗い直してみるべきだ。特に管理職がこうだと、意識の高い男性や女性も仕事がやりにくいはずだ。

近年採用されている職員は、まだまだ女性が3割~4割だが、以前に比べて多くなってはいるので、管理職は確実に増えていくだろう。しかし、10年も20年も待っていられない。以前このコーナーで指摘した、育児休暇や取得後の人事や給与の問題であるが、何ら不利益や遅れはなく、復帰後の研修も保障されるように、直ちに改善されなければ、管理職登用にも影響が大きい。公務員人生の中に、出産・子育てを当たり前に組み込めるように、危機感を強くして早急に取り組む必要がある。決して何もしていないと言っているわけではないが、どん底からごそごそ這い上がっていては遅いのだ。

「女性の参画指数」内閣府
http://www.gender.go.jp/sankakushisuu/shisuu-g.pdf

の31ページのチャートをご参照いただきたい。

2006年06月26日

東京での同窓会

週末東京での高校の同窓会に参加し、18:40羽田発のANA機で熊本に戻ってきた。梅雨前線が九州に停滞していたため、心配していたが案の定だった。熊本空港上空には大きな積乱雲があって、それを避けるため15分ほど余計に旋回しての着陸となった。無事に着陸できてほっとした。

機長や乗務員から説明のアナウンスがあっても、あまりいい気持ちはしないものだ。既に読んだ新聞に目を落としてみたりと、何とか気を紛らわせた。熊本空港が天候に左右されることは有名で、そのため霧の対策も進んできた。最近はめったに、着陸できないで引っ返すとか、福岡空港で降りることもなくなったが、誰がこんな条件の悪いところに空港を作ると言い出したのか不思議でならない。(誰だか知ってるけど。)

週末の東京での同窓会だが、30年ぶりに会う友人たちもいたが、そんな隔たった時間は感じなかった。実は、内心結構みんな老け込んでいるのかなと思ったりしたが、結構若く生き生きとしている。(お世辞じゃないよ)。まだまだ子育てや仕事で忙しくしている世代だから、一段落してこれから10年が、お互いぐっとくるのかな(?)と思ったりした。最高94歳からその下がずらっとおられるので、私たち40代はまだ若手だった。

とってもびっくりしたことがある。司会の女性の声、聞き覚えのある声だったのだが、なんと、私の大好きなあの「チャングムの誓い」で、チャングムをいじめ抜くチェ・サングン役の声優、宮寺智子さんの声だったのだ!宮寺さんは私より1学年上で、武蔵野音大ピアノ科を卒業後、どうしても芝居がやりたいと青年座研究生となり、以後、役者や声優として活躍しておられるそうだ。ドラマでのあの意地悪な声が、昨日はとても素敵に聞こえたのは、私がミーハーだからかな。しっかりサインを頂き、デジカメに収まった。(^o^)v 12月に青年座劇場で二人芝居をなさるそうだが、是非熊本でも公演していただきたい。

それにしても、各界で活躍したり、しっかりと自分と向き合って生きている先輩や友人たちから、多くの刺激をもらった。また今日から頑張らなくてと、嵐の熊本に戻ってきた。

2006年06月19日

個展、大成功!

母の個展が昨日で終了した。懐かしい母の知人や、16日の熊日新聞に写真入りの記事が載ったので、それを見た書や俳画を書いておられる全く存じ上げない方々、障害当事者の方など、6日間で延べ約400人に来ていただいて、母もとても喜んでいる。ご来場くださった方には、心から御礼を申し上げたい。「次回はいつですか?是非、次回もご案内くださいね」とおっしゃる方もあり、母も喜寿か80歳頃にもう一度と、また目標を立て始めたようだ。とにかく元気で、創作意欲を持ち続けてほしい。

今回の個展で皆さんが驚いていたのは、母が小学校2年生の時に「一おく一心」と書いた、8歳とは思えない筆致の条幅。「国民は心一つになって、敵と戦おう」という時代を感じさせる文言だ。昭和14年の作品だが、戦禍に遭わないように、大切な家財と一緒に、長溝の親戚の家に疎開させていて無事だったようだ。

さて、母のサポートのため、今回出来るだけ会場にいるようにしたが、あくまで母の個展なので、問われるまでは、娘である以外、一切議員であることは名乗らないことにしていた。当然と言えば当然だ。たまに「平野さんも見に来られたのですか?」と問われ、母娘であることを伝えると、驚いておられた。

今回の個展で、母が来場された方にお礼の意味で差し上げたおみやげのハガキセット(作品3点)の残りは、私の選挙用のグッズにすることを、母に認めてもらった。今後はこれに、母と私のメッセージを添えて、販売していくことになる。たいした売り上げにはならないが、とても素敵なハガキセットなので、多くの皆さんに拡げていきたい。

2006年06月15日

本物の福祉の専門家

本格的な梅雨が始まった。先月から雨が降り続いている沖縄では、相当地盤がゆるんでいるようだ。崩壊しそうな集合住宅の無惨な様子は、決してよそ事ではない。本県も集中豪雨と長雨には、くれぐれも気をつけなければならない。特に13,000カ所以上もあると急傾斜地など危険地域の民家は、避難体制を万全にお願いしたい。

さて、母の個展会場には、連日なつかしい人たちが訪れてくださっている。特に障害を持ってからの母は、以前とは異なり外出の機会が少なくなったので、年賀状だけで安否を確認し合っていた方々との再会を、とても喜んでいる。そして、小学校2年生の時に書いた書から、74歳の今の作品まで、彼女の軌跡を追いながら、「あの時はこうだったね」と歓談しながら、自らの記憶も呼び起こしているようだ。

今週、私は出来る限りギャラリーにいる予定だが、総会シーズンでもあり、障害者自立支援法関連の署名集め、大学での講演、打ち合わせ等々、明日の6月定例県議会開会も含めて、なかなか時間配分が難しい。とは言え、母の初めてのイベントでもあり、今週だけは親孝行を優先させたい。

その大学での講演だが、熊本学園大学環境福祉学部の1年生へのものだった。彼らは、宮北隆志教授のクラスの学生で、毎年、当事者の視点でのフィールドワークを重ねている。よく、企業や行政職員の研修で、1時間ほど車椅子に乗って、建物の周辺を廻る様子は目にする。しかし彼らは、何日も、しかも町の隅々に車いすで出掛ける。狭くでこぼこした路側帯や、車道と歩道の境目の衝撃も経験するし、電車やバスにも乗ってみる(乗車拒否にはあわなかったかな?)。街中の店舗も利用するし、多目的トイレも使ってみる。そして、気づいたことを、グループ毎に発表し合い、ヒューマンネットワーク熊本の当事者から最後にアドバイスももらう。

私の講義は、その最終日に、バリアフリーに関する制度の歴史や現状、課題などを中心に話し、ヨーロッパでの交通事情も画像で紹介した。十分なまとめになったかはわからないが、時間をかけて、実際に経験し、ディスカッションもしたことだし、きちんと自分の中で落とし込んでくれただろう。

全員がそうではないと思うが、彼らの中には福祉の分野に進み、資格をとって専門家になる人もいるだろう。しかし常に、福祉サービスの利用者、当事者の視点から物を見ることを忘れないで欲しい。「私は福祉の専門家」という人に限って、利用者の日常に目線を置いて、そこから学ぼうという視点に欠けることに気づく。福祉現場は日々変化していく。自分の学んだ時代の福祉観を押しつける教育者のような専門家は返って迷惑だ。どんなに年を重ねても、「現場の変化や多様な利用者の思いに学ぶ」習慣を身につけている人たちを、私は本物の専門家と呼びたい。当事者である私は、そんな人を見抜く嗅覚だけは身につけてきたような気がする。

とは言っても、“福祉の主役は当事者”といいつも、現場を支える職員、専門職の皆さん抜きではサービスは利用できない。そういう意味では、忌憚無く意見を出し合える対等な関係でありたい。これから福祉の現場は、行き過ぎた法制度の変更、その揺り戻しなどで、大変厳しく、混乱も予想される。昨日一緒だった熊本学園大学の皆さんが、他分野ではなく、できるだけ福祉のフィールドで仕事を得られ、将来、本物の福祉の専門家になっていくことを期待したい。

2006年06月11日

高校卒業から30年目に思う

熊本高教組の支援を受けて議員活動をしているため、退職者の先生方ともご一緒することがよくある。今月末の定期総会にも来賓として案内をいただいている。中には、私が高校時代に実際に教えていただいた先生方もおられ、当時を思い出し、歓談しながら、もう30年近く前のことなのかと時の流れをしみじみ感じる。

今朝の地元紙に、高校卒業から30年ぶりに恩師から受ける授業として、済々黌高の昭和52年卒同窓生の企画が紹介されていた。私と同級の皆さんたちのようだが、かなり年輪を刻んだ(?)かつての高校生たちは、さぞかしなつかしく、授業に臨んだことだろう。少々胸キュンの再会もあったかな。(^o^) 我が母校の卒業後30年の同窓会は、今年開かれるのかどうかわからないが、今月25日に、清香会東京支部の会が開かれるにあたって、同級生たちから“是非顔を見せて-!”と誘いを受けているので、30年ぶりの再会も期待して上京する予定だ。

それにしても、私たちの学年は、熊本で生活している人と他県にいる人とでは、どのくらいの割合だろうか。3:1くらいだろうか。仕事をしている同級生のうち、地元熊本で教職に就いている人が多いが、大学進学の際熊本を離れて、そのままの人たちも多い。ちなみに私の場合、就職先が当時本社を東京に移したばかりだったので、てっきり東京勤務だと思っていたら熊本だった。以後熊本に住み続けることになった。今となっては、就業環境や住環境、大地震の心配という点で、とても東京にはいられないと思うので、結果的にはよかった。

確かに、芝居や音楽など文化面においては東京には敵わないが、情報という点ではIT時代でもあり、熊本が遅いという感覚はない。首都圏では、駅のプラットホームのエレベーター設置などのバリアフリー化が著しいし、ノンステップバスで尚かつ低公害バスがほとんどになってきているので、この点では熊本はまだまだ遅れている。資本のかけ方が大きく隔たっていることによるものだろう。

さて、まだまだ子どもにお金がかかる世代の東京に暮らす友人たちは、これから子育てが終わって年齢を重ねていく中で、終の棲家をどこと考えていくのだろうか。熊本は選択肢に入らないだろうか。まだ少し早くもあるが、年老いてしまってからでは、適応や定着が容易ではない。上通り、下通りを中心とした熊本の街並みは、よかれ悪しかれ、大きくは変わってはいないし、水も枯渇が心配とはいえ、まだまだ湧水でまかなわれている。農業県として、新鮮な野菜も移送コストをかけずにすぐ手に入る。熊本のウリはたくさんある。

団塊世代から10年ほど後の私たち。彼ら、彼女たちに、「退職後は熊本で新しい生活を送ってみたい」と思わせる魅力作りに、これから真剣に取り組む必要がある。長年離れていた故郷でも、新たに人とのきずなや趣味や仕事のネットワークを、安心して構築できることを具体的に示してしていく必要もある。彼らの経験を、新しい熊本作りに活かせる敷居の低い行政でありコミュニティーになっていかなければならない。今月末に再会する友人たちと昔話に花を咲かせつつ、そんな話も出来たらいいが。

2006年06月09日

母の個展(右手と左手の作品たち)

99歳の祖母が元気なうちにと、4月29日に私のコンサートを開いた。今度は、母が来週から書画の個展を開く。

母は42年前に父と死別してから、私たち姉弟を育てるために働き始めた。祖母が、幼い私たちを見てくれていたので、安心して働き続けることができたそうだ。そんな母が、少し落ち着いてから始めた趣味の一つが書道だった。いくつかの書道展で入賞したりしながら、30年以上、「かな」を専門としてきた。その後水墨画も学び始め、俳句の書と墨絵を一つの作品として描く「俳画」に取組み始めた。第一回日美俳画展では、この分野では新人ながら、全国からの1200点の中で最優秀賞を受賞した。身内ながら、母の書画のセンスには一目置いている。

そんな母が倒れたのは、東京で行われたその授賞式から戻ってすぐの98年秋のことだ。母は後遺症のため、利き手の右手で筆を持つことができなくなった。もうあんな字は書けなくなったのだなあと、動かない母の右手を見ながら不憫に思ったことを記憶している。

ところが、しばらくしてリハビリとして左手で字を書き始めると、最初震えていた直線も、徐々に味のある線に変わっていき、右手の時とは違った味のある作品が生まれ始めた。おもしろいもので母の場合、頭の中の記憶や創作のソフトは障害を受けておらず、それをどう左手で表現するかだけだった。利き腕でないこともあり、集中できる時間は以前よりは短くなったし、床に紙を置いて書くことは難しく、テーブルの上で書くため、作品の大きさにも限界があるようだが、工夫しながら書き始めた。

数年後には、県さわやか長寿財団主催のシルバー作品展で、障害のない皆さんの作品の中で銀賞に選ばれた。その後も、また日美俳画展への出品を再開させ、最優秀賞まではいかないが、上位入賞し続けている。

母は倒れる前に、「そのうち作品展を開きたい」と言っていたが、今回開催するきっかけを、一番の応援者だった祖母がくれた。「障害を持ってもがんばって筆を持った人」という気負いは、母にはない。ただ、持てる手で筆を持ち、表現することを諦めず、楽しんでいるのだろう。そんな彼女の倒れる前の書と、その後の俳画を、友人知人の皆さんも楽しみにしてくださっている。是非、多くの皆さんにご来場をいただきたい。

<田上啓子個展>

期間:6月13日(火)~18日(日)
   AM11:00~PM7:00(但し18日は16時まで)

会場:ギャラリーカフェ トト(上通りイーストンビル3階)
   TEL・FAX 096-352-7162
   ホテル日航の真裏の新しい白いビル。
もちろんバリアフリーです。

2006年06月07日

神野直彦さんの講演で泣いた?

先週末、経済学者の神野直彦さんの講演会を聞いた。主催は九州自治体法務研究会。会場の菊陽町図書館ホールに集まった皆さんは、大半が九州各県の自治体職員の皆さんだったようだ。

神野さんはテレビ討論でも度々登場する学者で、小泉首相の主張する「改革なくして成長なし」というサッチャリズムの限界を指摘している。確かに、ライブドアや村上ファンドなどで露呈した、実態の無い株価操作による巨額の富がこの国の成長を意味するのなら、モラルの崩壊した荒くれ者社会に成り下がったということになる。そのつけ回しで、一般国民の中で格差が拡大し続けるならば、許されるものではない。

神野さんは、地方六団体「新地方分権構想検討委員会」の委員長として、この程、中間報告を提出している。その中では、地方の目線での分権改革が、強く求められている。たとえば、真に地方が自立していくための「国と地方の協議の場」の法定化や、「地方行財政会議」の設置は、重要なポイントだ。そして、分権に欠かせない税財政を地方に移譲していく具体策として、国税と地方税の割合を同じ割合にすることを主張している。また「地方交付税」を「地方共有税」として、自治体間の調整金とすることなども提案している。

時折、神野さんは講演の中で欧州や北欧のことを引き合いに出され、 “地方自治”という意味で、アメリカがいかに世界の中で異端であり、日本がそれに疑問も持たずに追随しているかを指摘していた。「国家の品格」ではないが、サッチャリズムやレーガノミックスが、大切なSocial Capitalである“人間のきずな”を崩壊させ、格差拡大、モラルの荒廃をもたらすことは間違いない。そんな社会問題が、政府が進めてきたこんな経済政策の結果であることは棚に上げて、「教育基本法のせいだ。改正を!」と主張する矛盾に、政府関係者はどう答えるのか。全く腹立たしい。

さて、今回ちょっとびっくりしたことがある。財政論の講演を聞きに行って、まさか最後に泣かされるとは思っても見なかった。スウェーデンのドロシー・ロー・ノルトさんの詩が紹介された。神野さんは、日本社会が“きずな”を取り戻す際、子どもや最もペースの遅い人に合わせることこそ大切で、そのことが物事を成功させるのだとおっしゃっていた。この詩は、皇太子が最近の記者会見で、読み上げて紹介していたので、私も聞き覚えがあった。なんと、この会見の2日前に、神野さんが皇太子に経済学の講義をした際、紹介なさったのだそうだ。ちょっと長いが、最後にここでも紹介したい。

子ども  ドロシー・ロー・ノルト

批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる

殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる

笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の 持ちぬしとなる

しかし、激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる

賞賛をうけた 子どもは
評価をすることを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる

友情を知る 子どもは
親切を おぼえる

安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる

可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる

2006年06月04日

なぜ女性は子どもを産まないのか

蒸し暑さで目が覚めるようになった。いよいよ今週には梅雨入りだとか。自分が生まれたシーズンとは言え、大地を覆い尽くす灰色の梅雨空が続く6月は、うっとうしいことこの上ない。

そんな、青空が見えないというか、底が見えないのが、少子化問題ということだろうか、日本の05年度の合計特殊出生率が最低を更新して1.25になったと、先週、各紙一面で大きく報道していた。まだ1.08のお隣の韓国よりはましらしいが、同じように少子化に悩んでいたフランスやイタリアは好転中で、もちろん北欧のスウェーデンは1.75、デンマークは1.78と伸びている。日本の結果は、これまで政府がとってきた少子化対策の効果がまだ現れていないというより、むしろ、効果的な対策ではなかったことを表している。小手先の政策では、“女性たちの反乱”は収まらないのだ。

ちなみに、私個人は少子化に“貢献”しているわけだが、別に望んだことでもなく、結果的にそうなった。しかし、女性の中には、また男性の中にも、子どもを持つことより優先したいことがある人がいてもおかしくはない。また、この社会に生まれている子どもたちが、幸せに成長していくため、直接的あるいは間接的に仕事やボランティアで関わりを持っている人もたくさんいる。少子化を数字だけで論議し、様々な生き方を選択している人の存在を認めなくなるような息苦しい社会であってはいけないと思う。「産めや殖やせ」の暗黒の時代ではないのだから。

かなりピントがずれているのは、猪口少子化担当大臣が口にしている「国営お見合い」制度だ。2月定例県議会の厚生常任委員会でもある自民党議員が、「県が関与してお見合いの機会や紹介などが出来ないか」と、少子化に絡めて質問していたが、もう口あんぐりで、その発想と現実のズレに、ビックル飲みまくり(?)で恐れ入った。そんなことは本質的な問題であるはずがない。

少子化問題へのとらえ方だが、私は、政府が女性が子どもを産まなくなったことを単に女性の問題として片づけ、そこにフォーカスを当て過ぎていると感じてきた。止まらない少子化は、「日本という社会の在り方が、世界の中でどうなのかというとらえ方でしか解決が見えない」ように思える。女性の問題であり、男性の問題だ。子どもを持って働いている人の問題である一方、彼らの子育てを支え、理解する同僚の問題であり、雇用する側の問題だ。日本の男性は仕事に追われ、家事や育児に費やす時間は、世界でも最低水準だそうだが、そんな働き方が変わらなければ、女性も仕事が続けられないし、女性は子どもを産まない。

制度上、比較的恵まれているといわれる公務員や教職員ですら、「働きながら子育てする」ということにおいて、理解が十分浸透していて、男女が平等であるとは言えない。休業することで、仕事にブランクが空くことの影響を考え、男性の育児休業の取得は数えるほどしかない。公務員や教職員の場合、その仕事の性質上、生まれたばかりの自分の子どもと向き合う経験は、その後の仕事に有形無形のプラス効果を与えるはずだ。民間にも波及効果を与えるためには、まずは公務員・教職員から範が示せるよう、子育てへの理解と実践を危機感を持って進めたい。特に、こんな時代にあっても、思考と価値観をなかなか変えられず凝り固まっている上司や、そんな上司を見習ってしまっている“クローン”の皆さんは、子育てしながら働いていたり、育児休業を取得している女性職員、男性職員の足を、くれぐれも引っ張らないように。そして、人事課においては、彼らの育休取得が、その後の給与や昇進においてマイナスにならないように当然の配慮をお願いする。これについは、今後、議会で質問していこうと思う。

さて昨日のニュースで、自民党県連が、少子化問題を考える講演会を行ったと報道していた。そこで私の嫌いなタレント弁護士の橋下徹氏が、「子どもを育て、夫を支える主婦の役割を認める社会が本当の男女共同参画社会だ」とのたまったそうだ。グローバルな視点が欠如し、社会の見方が表層的な御仁だ。夫を支え続けたい方はそうなさればいい。選択は自由だ。しかし、今求められているのは、父母が共に働きながら子どもを持ちたいと望んだ時、それを支える制度が充実していて、しかも子どもと向き合う時間が十分とれるような働き方ができる社会だ。そして、そんな社会が経済成長も遂げていることを、私たちは改めて認識しておく必要がある。


お問い合わせ 平野みどり事務所 860-0066 熊本市城山下代4-7-28 
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