神野直彦さんの講演で泣いた? [みどり日記]
先週末、経済学者の神野直彦さんの講演会を聞いた。主催は九州自治体法務研究会。会場の菊陽町図書館ホールに集まった皆さんは、大半が九州各県の自治体職員の皆さんだったようだ。
神野さんはテレビ討論でも度々登場する学者で、小泉首相の主張する「改革なくして成長なし」というサッチャリズムの限界を指摘している。確かに、ライブドアや村上ファンドなどで露呈した、実態の無い株価操作による巨額の富がこの国の成長を意味するのなら、モラルの崩壊した荒くれ者社会に成り下がったということになる。そのつけ回しで、一般国民の中で格差が拡大し続けるならば、許されるものではない。
神野さんは、地方六団体「新地方分権構想検討委員会」の委員長として、この程、中間報告を提出している。その中では、地方の目線での分権改革が、強く求められている。たとえば、真に地方が自立していくための「国と地方の協議の場」の法定化や、「地方行財政会議」の設置は、重要なポイントだ。そして、分権に欠かせない税財政を地方に移譲していく具体策として、国税と地方税の割合を同じ割合にすることを主張している。また「地方交付税」を「地方共有税」として、自治体間の調整金とすることなども提案している。
時折、神野さんは講演の中で欧州や北欧のことを引き合いに出され、 “地方自治”という意味で、アメリカがいかに世界の中で異端であり、日本がそれに疑問も持たずに追随しているかを指摘していた。「国家の品格」ではないが、サッチャリズムやレーガノミックスが、大切なSocial Capitalである“人間のきずな”を崩壊させ、格差拡大、モラルの荒廃をもたらすことは間違いない。そんな社会問題が、政府が進めてきたこんな経済政策の結果であることは棚に上げて、「教育基本法のせいだ。改正を!」と主張する矛盾に、政府関係者はどう答えるのか。全く腹立たしい。
さて、今回ちょっとびっくりしたことがある。財政論の講演を聞きに行って、まさか最後に泣かされるとは思っても見なかった。スウェーデンのドロシー・ロー・ノルトさんの詩が紹介された。神野さんは、日本社会が“きずな”を取り戻す際、子どもや最もペースの遅い人に合わせることこそ大切で、そのことが物事を成功させるのだとおっしゃっていた。この詩は、皇太子が最近の記者会見で、読み上げて紹介していたので、私も聞き覚えがあった。なんと、この会見の2日前に、神野さんが皇太子に経済学の講義をした際、紹介なさったのだそうだ。ちょっと長いが、最後にここでも紹介したい。
子ども ドロシー・ロー・ノルト
批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる
殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる
笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる
皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の 持ちぬしとなる
しかし、激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる
寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる
賞賛をうけた 子どもは
評価をすることを おぼえる
フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる
友情を知る 子どもは
親切を おぼえる
安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる
可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる