高校卒業から30年目に思う [みどり日記]
熊本高教組の支援を受けて議員活動をしているため、退職者の先生方ともご一緒することがよくある。今月末の定期総会にも来賓として案内をいただいている。中には、私が高校時代に実際に教えていただいた先生方もおられ、当時を思い出し、歓談しながら、もう30年近く前のことなのかと時の流れをしみじみ感じる。
今朝の地元紙に、高校卒業から30年ぶりに恩師から受ける授業として、済々黌高の昭和52年卒同窓生の企画が紹介されていた。私と同級の皆さんたちのようだが、かなり年輪を刻んだ(?)かつての高校生たちは、さぞかしなつかしく、授業に臨んだことだろう。少々胸キュンの再会もあったかな。(^o^) 我が母校の卒業後30年の同窓会は、今年開かれるのかどうかわからないが、今月25日に、清香会東京支部の会が開かれるにあたって、同級生たちから“是非顔を見せて-!”と誘いを受けているので、30年ぶりの再会も期待して上京する予定だ。
それにしても、私たちの学年は、熊本で生活している人と他県にいる人とでは、どのくらいの割合だろうか。3:1くらいだろうか。仕事をしている同級生のうち、地元熊本で教職に就いている人が多いが、大学進学の際熊本を離れて、そのままの人たちも多い。ちなみに私の場合、就職先が当時本社を東京に移したばかりだったので、てっきり東京勤務だと思っていたら熊本だった。以後熊本に住み続けることになった。今となっては、就業環境や住環境、大地震の心配という点で、とても東京にはいられないと思うので、結果的にはよかった。
確かに、芝居や音楽など文化面においては東京には敵わないが、情報という点ではIT時代でもあり、熊本が遅いという感覚はない。首都圏では、駅のプラットホームのエレベーター設置などのバリアフリー化が著しいし、ノンステップバスで尚かつ低公害バスがほとんどになってきているので、この点では熊本はまだまだ遅れている。資本のかけ方が大きく隔たっていることによるものだろう。
さて、まだまだ子どもにお金がかかる世代の東京に暮らす友人たちは、これから子育てが終わって年齢を重ねていく中で、終の棲家をどこと考えていくのだろうか。熊本は選択肢に入らないだろうか。まだ少し早くもあるが、年老いてしまってからでは、適応や定着が容易ではない。上通り、下通りを中心とした熊本の街並みは、よかれ悪しかれ、大きくは変わってはいないし、水も枯渇が心配とはいえ、まだまだ湧水でまかなわれている。農業県として、新鮮な野菜も移送コストをかけずにすぐ手に入る。熊本のウリはたくさんある。
団塊世代から10年ほど後の私たち。彼ら、彼女たちに、「退職後は熊本で新しい生活を送ってみたい」と思わせる魅力作りに、これから真剣に取り組む必要がある。長年離れていた故郷でも、新たに人とのきずなや趣味や仕事のネットワークを、安心して構築できることを具体的に示してしていく必要もある。彼らの経験を、新しい熊本作りに活かせる敷居の低い行政でありコミュニティーになっていかなければならない。今月末に再会する友人たちと昔話に花を咲かせつつ、そんな話も出来たらいいが。