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2006年07月26日

障害者の生活と命を直撃する自立支援法

熊本は、今日やっと梅雨明けした。蝉の鳴き声が響き渡り、朝から気温もウナギ上りで、本格的な夏の到来だ。それにしても7月の始めには、梅雨が来ないで一気に夏かと思ったほどだったが、その後は激しい雨が長く続いた。今回の雨により、3年連続で3階まで浸水した芦北町告地区を始め、深刻な被害を受けられた方々には、心からお見舞申し上げるとともに、迅速な復旧と抜本的な対策が進むよう、県にも働きかけていきたい。

さて、先週DPI日本会議の役員会に、久しぶりに参加したわけだが、ここでは、来年のDPI世界大会がソウルでの開催となり、来年に向けて、これまでも交流してきた韓国DPIを支援していくことなどが確認された。しかし、何と言っても今回は、4月にスタートした「障害者自立支援法」の10月本格施行に向けての取り組みについて、時間の多くが割かれた。

私は、この自立支援法の理念は、基本的に大きく間違っているとは思わない。つまり、戦後長く続いてきた入所型福祉から、地域生活の実現を意図しているからだ。しかしながら、これまでいち早く地域を意識して頑張ってきた通所授産施設や作業所までも、一緒くたにして、一気に追いつめてしまっている現状からは、施行があまりに拙速で思慮が浅かったと言わざるを得ない。事業を縮小したり、作業所を閉鎖したりしなければならないケースも報告されているし、地域での基盤整備があまりに不十分な状況の中、自立生活や地域移行への準備もなされないまま、既に入所施設から地域に移行した(させられた)ケースもある。

また、負担という点で、自立支援法では、障害者福祉サービスの利用料が、個々の負担能力に拘わらず一律に(定率負担・応益負担)徴収されるという仕組みに変わった。たとえば、低所得と認定をされる人(月収が、年金のみの約82,000円程度の人)でも、福祉サービス利用料は最大で24,600円という高額で、現実離れした利用者負担を強いられている。

作業所等で働く人たちの場合も、平均的な給料が10,000円前後であるにもかかわらず、そこに通って仕事をすることが福祉サービスの「益」を受けているとみなされ、その給料を超える額(その人によって異なるが、例えば平日毎日通勤すれば約35,000円といった給料を超える額)を利用料として徴収される。『仕事をしたために、お金がなくなった』という信じ難い状況を生み出している。6月にDPI日本会議が行った緊急アンケートの結果を見ても、負担が増えたと回答した人は、なんと75%に上っている。
http://www.dpi-japan.org/shiennhi-tyousakekka.doc

このような事態を多くの福祉関係者は当初から予想していたが、現実は厚労省の予測を上回っているのではないか。もし、織り込み済みだとするならば、なんという拙速で非情なやり方だろう。厚労省の障害保健福祉のキャリアOBの中には、現担当局が進めた障害者自立支援法に、大いに憤慨している人もいると聞く。

そんな中、国の進め方では障害者の生活と命は守れないと、全国の都府県及び市区の約15%で、何らかの利用者負担に関する独自の軽減措置がなされている。利用者負担を決めた厚労省には憤りを感じるが、諸悪の根源はと言えば、そこに圧力をかけ続けた財務省であり、現「小泉政権」であることは間違いない。地方自治体には、国に改善を強く働きかけるとともに、当面は住民の視点で独自に措置を講じてもらうしかない。そして、支援費制度から大きく転換した同法の施行により、自治体がどんなに混乱し多忙化を極めているかも強く訴えてもらいたい。この夏は、あらためてそんな情報を収集しながら、運動を強化していくこととなる。

まだ措置を講じていない熊本県と熊本県内の自治体だが、状況を打開しようと、6月に「自立支援法の利用者負担軽減を求める会」が立ち上がり、署名活動が展開されている。これは、中核市である熊本市と県内の自治体を支援する立場の熊本県に対して、負担軽減措置を講じる要求をするための署名活動で、9月上旬に、熊本市に対しては署名と要望書を、熊本県には要望書を提出する予定だ。現在、署名活動は毎週土曜日に、上通りか下通りで2時から4時まで行っているが、新聞やテレビ報道あるいは周囲のサービス利用者の声により、厳しい現状が伝わってきているのか、自ら寄ってきて署名をしてくださる方も多い。既に1万人分の署名が集まっている。

今回の署名活動の特徴としては、障害者団体、施設、事業所、保護者、支援者など、「思想信条や政党の支持や立場を超えて、共闘できている」ことだ。それだけ事態が、極めて深刻であり、障害のある人たちの地域生活の継続の可否がかかっているという認識からだ。既に、福岡県では、母親による障害を持つ娘の殺人事件が起こってしまったが、障害者自立支援法の拙速な施行との関連があるようだ。人を殺すなどということは、親子関係であっても、決してあってはならないことだが、今のままでは、このような悲劇が再び発生しないと誰が言えるだろうか。下記に、この事件と支援法に関する西日本新聞の社説を紹介する。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20060721/20060721_001.shtml

さて、「自立支援法に対する利用者負担軽減を求める会」では、4月の同法の施行後、障害を持つ人たちの生活がどう変わってきているかを訴える集会を下記の通り開催する予定だ。多くの皆さんに、直接、障害を持つ仲間たち、家族、施設関係者の声をお聞きいただき、署名の更なる拡大にご協力いただきたい。

『自立支援法に対する利用者負担軽減を求める大集会』のご案内
 日時:8月12日(土)14:00~16:00
 会場:県民交流館 パレアホール(10階)
 参加費:無料
 <内容>
 ①取り組みについての基調報告
   障害者自立支援法利用者負担軽減を求める会
          代表 東俊裕
 ②リレートーク「それぞれの立場からの訴え」
  ・ホームヘルパーを利用する立場から
  ・通所施設に通う立場から
  ・入所施設を利用する立場から
  ・精神障害者の立場から
  ・重度の障害を持つ親の立場から
  ・ヘルパー事業者としての立場から
  ・通所施設事業者としての立場から
  ・入所施設事業者としての立場から

2006年07月23日

危険極まりない豪雨時のダム放水

22日(土)、DPI日本会議の役員会のため、日帰りで上京した。集中豪雨がやや弱まっていた日だったので、熊本空港周辺は朝も夜も曇りという天候で、離着陸に支障はなかった。東京などは、梅雨前線が関東の北に位置していたため、曇ってはいたものの、蒸し暑さもなく、涼しいとさえ感じた。

帰りの羽田空港では、鹿児島便について何度もアナウンスが流れていた。天候が悪い場合は羽田に引き返すという条件での出港だったようだ。ちょうど、さつま市などでの甚大など被害をもたらした豪雨が降っていた頃だろう。新聞やテレビでは、さつま市の商店街を自衛隊のゴムボートで避難する住民の姿が報道されていた。川内川のはんらんによるものだが、鶴田ダムの放流との関係が指摘されている。

「九州地方整備局は22日の午後2時40分、川内川水系の鶴田ダム(鹿児島県さつま町)が満水状態になる可能性が高まったため、ダム下流への放水量を増やす「異常洪水時の操作」を実施した。放流によって川内川の水位は上昇したが、同整備局は「操作で下流のはんらん地域が増えたわけではない」と説明している。九州の国直轄ダムで同様の操作が行われたのは、1972年7月の同ダム以来、2例目。川内市」・・・・「ダムが満水になると一気に放流しなければならず、その際の被害は甚大であるとして、満水状態になる前から徐々に放水量を増やしながら、最大で上流からの流入量と同じ水量を放流する異常洪水時の操作を行うことを決めた」(23日、読売新聞)

ここで、やはり私たちが思い起こすのは、昭和40年の人吉球磨地方の大水害における市房ダム放水との因果関係だ。国土交通省や県は関係性を否定しているが、水害を体験した方々は、経験したことのない増水と水に含まれていたヘドロや土砂から、「ダムによる被害」と確信しておられる。まるで今回のさつま市での水害は、このパターンを焼き写したようだ。

豪雨時のダムによる洪水調整は、自然の雨の力を人工的に一気に増強し、被害をもたらす。今後、詳細が明らかになると思うが、国交省はデータをきちんと公表し、放水のタイミングや事前通報は適切だったかを検証し、被害の復旧や保障に全力を尽くすべきだ。それにしても、ダムが命や財産を脅かす代物だということを、またもや思いしらされる今回のさつま市での被害だった。

本県で計画されている川辺川ダムに置き換えて考えてみたい。川辺川上流には国交省や他省の砂防ダムが多数存在する。国交省分だけでも、計画砂防ダム230基のうち平成16年度までに94基が完成しており、これらは事実上、「川辺川ダムへの堆砂防止」のために造られた。

しかし、昨年の台風14号の雨でそれらの堆積土砂が、既に砂防ダムからあふれ出し、川辺川に流れ込んで、球磨川より川辺川が濁ってしまったという経緯がある。従って、川辺川ダムができても、どんどん堆砂が入り込み、水どころか堆積土砂やヘドロでいっぱいになるため、たいした雨が降らなくても、今回の鶴田ダムのような満水が頻繁に起こり、事前放水がなされる可能性大だ。川辺川ダムによる治水は、甚大な被害こそ予測されるものの、そもそも無理なのだ。

さて、熊本県内の雨は上がっているようだが、まだ梅雨前線の動きや台風の進路が影響しての雨雲の動きが心配だ。地盤もスポンジのように水を含み、もろくなっている。梅雨明けするまで、気を緩めず対応したい。

2006年07月21日

子どもの命を守るための連携強化を

ネグレクトされた上、母親の手で殺された畠山彩香さんの無邪気な顔がテレビで映し出される度に、苦い思いとともに悔しさが込み上げる。この世に生を受けて9年間、幼な心をいたぶられ、踏みにじられ続け、最後には痛い思いで終わった彩香さんの人生。学校などで楽しいと思える瞬間が少しでもあったとしたら、少しは救われるが、果たして彼女は何を思いながら死んでいったのだろう。悲しすぎる。

今回の事件は、我が子と近所の子どもを巻き込んだ、畠山容疑者による殺人事件だったことが明らかになった。しかし、私たちは、この事件を畠山という特異な人物の異常な事件としてくくるのではなく、ここから見えてくる、ネグレクトを含む児童虐待に、地域住民として、学校現場として、どう関わって行ったらいいか、福祉事務所や児童相談所の関わりや介入はどうだったのかなど、あらためて教訓を得ていく必要がある。

それにしても、彩香さんは、ガスを止めた家で、身体の清潔もままならず、カップ麺が中心の食事しか与えられず、それでも母親のことを悪く言わず、地域の人たちにけなげさを見せていたという。母親は変わった人扱いで、近所からも疎まれていたようだが、そもそも、畠山容疑者自身が、愛され、大切にされて育ってきていないようで、彼女の心には劣等感や疎外感が同居してきたのだろう。そんな畠山容疑者が親になった時、我が子をどう愛したらよいのか、どう慈しみ世話をすればよいのかわからなかった。こんな未熟な状態で親になっても極めて危険なのだが、日本中でこんな親が急速に増えつつある。

児童相談所、福祉事務所、医療機関、療育センター、警察、保育機関、学校、地域が、今一度、心を一つにして、生を受けた子どもを守り抜くにはどうしたらいいか、考え直す必要がある。熊本県は、この点で他県より進んでいる方なのかと思いきや、連携の悪さが起因して、命を落としてしまった子どもがいたことは記憶に新しい。事件として新聞に載る以外にも、支援・連携の悪さにより危険をはらむケースがまだまだ多いと、私に寄せられる情報の中でも実感している。それぞれの機関は、疑わしきは時間を置かず通報・情報交換し合い、責任を他機関に押しつけず、「何より子どもの命」を最優先に判断し対応してもらいたい。

医療機関については、小児科、外科、整形外科などはもとより、すべての診療科の医師や職員が、児童虐待やドメスティック・バイオレンスに、高い認識を持ち、通報を怠らないで欲しい。そのための研修については、県も医師会に働きかけ、更に取り組む必要がある。

もちろん、連携が適切だったことにより、小さな命が守られたケースも少なくない。命がけで子どもを保護している児相の職員の皆さんの、昼夜を分かたない努力によるものだ。まずは助け出すことだけで必死という状況であることは想像に難くない。しかし、保護した子どもへのケアと、加害者である親や大人への更生の支援が十分なされない限り、子どもと親を一緒にすることは危険なのだが、今後、この点は更に充実させなければならない。

小泉政権になってから、競争社会・格差社会による孤立観、刹那的な社会の中での人間関係の希薄さ、地域社会の崩壊がますます進んできたような気がする。そんな現代、悲劇は減りそうにないのではないかと言われている。しかし、「子どもは親の所有物」ではなく、「社会の財産」と皆が思い、英知を結集して取り組みを強め、そんな悲しい予測を早く覆したい。

2006年07月20日

コンクリートで命は守れない

昨夜の雨はテレビの音や声が聞こえないほど激しかった。日中の空も厚い雲に覆われ、昼間とは思えないほど暗く、豪雨の中、車の前照灯をつけて走行した。今日も同じように梅雨末期の集中豪雨による被害が、各地で心配されている。既に犠牲者も出ているし、これからの気象情報に注意し、被害拡大を防ぎたい。

さて、昨日は川辺川利水訴訟原告団の皆さんが、県議会に対して、抗議文を提出された。18日に開催された県議会の川辺川問題特別委員会で、「農水新案で一本化されたと確認する」などという決をとったからだ。そもそも、事前協議というメイン舞台に、県議会は構成員として組み込まれてはいない中、特別委員会を立ち上げたこと自体、行政に圧力をかける以外、何の意味もないと私は感じている。もっとも、私たち「県議の会」の3人の委員の意見を聞きながら、初めてこの問題をお勉強し始めた県議の中には、「ほんなこつ。水が今でん必要な農家に水ば引くとに、こん農水新案で2/3の同意はとれんばい」と、本音では思っている人もいるはず。

いずれにしても、自民党が多数を占める委員会での決議や採決は、「ダムにつながる利水案」の、一日も早い裁定に圧力をかけるためだと言われても仕方ない。県執行部はそれに屈して、総合調整役というバランス感覚を崩し、これまでの経緯をないがしろにしてよいはずはない。

今、梅雨の末期の集中豪雨が続いている。これからは台風もやってくる。地球温暖化によって、私たちの想像を遙かに超え、記録を塗り替える規模で、それらは押し寄せてきている。昨日は、知事が委員として参加している、国交省の「河川整備基本方針策定小委員会」が開催されたが、御用学者の面々は、地元の状況も的確に把握していない中、ダムを造る根拠の「基本高水流量7000トン妥当説」で押し切ろうと必死のようだ。「素人ですが」と前置きして、それに反論する知事は孤軍奮闘しておられたようだ。

恐らく、この委員会、残念ながら、最終的には国交省の規定ラインで、幕を引くことになるのだろう。ところが、こんな議論とは異なる現実を直視した動きも起こっている。未曾有の大水害を経験した新潟県が方針の大転換を図っていると、17日の朝日新聞の社説で紹介されていた。「洪水をすべて川に封じ込める方法は現実的ではない」と考えたことによる。刈谷田川では、上流の堤防の一部を低くし、水田約100ヘクタールを遊水池にする計画を進めているそうだ。大量の雨が降った時には、あえて水をあふれさせ、人の住んでいないところに誘導しようというのだ。また、五十嵐川では、水につかりそうな400戸の移転も始まっているそうだ。
http://www.asahi.com/paper/editorial20060717.html

もちろん、必要な河川改修や河床掘削さえなされていないことろはあり、そこは早急に手当されなければならない。しかし、このような工事であれ、ダムであれ、完璧に災害から生命・財産を守ることは不可能なようだ。最小限の被害にとどめるためにも、いずれにしても、「自然に立ち向かうのではなく、自然の力を逃がす、自然の力から逃げる時代である」ことも、あらためて認識したい。国交省と本県の40年に及ぶ川辺川ダム計画についても、このような視点で見直し、現実を踏まえ、これからの河川防災のあり方を考えていく必要がある。

2006年07月13日

一体誰が急がせているのか、新利水計画一本化

昨夜も国営川辺川土地改良事業の新計画、いわゆる新利水計画に関して、事前協議が開催された。予定があったため(熊本市長選がらみ)、今回は傍聴することができなかったが、県が意図するような一本化に、簡単に向かいそうもないようだ。私は何も、平成19年度への事業化のタイムリミットと言われる14日に、一本化への結論を急ぐ必要はないと思っている。まだ時間を掛けていいのではないか。

そういうと、「もう十分時間はかけてきたじゃないか」と関係当事者の一部には肩を落とす向きもあるかと思う。3年間で七十回以上という事前協議に参加された関係者の、仕事とは言え、並々ならぬ努力には敬意を表したい。しかし、それでも尚、結論を急いで欲しくない。

そもそもこの事業は、多目的ダム法の目的の一つ利水において、その事業同意取得で違法性有りと司法が判断し、仕切り直しになっている事業だ。それも、当初計画から40年という月日が経っている。ここ数年で“けり”をつけるには、あまりに時間が経過してしまった。この間、地元の農業事情や自治体の財政状況は、国の政策とも合間って、大きく変貌してきている。人も年を取り、過疎が加速している。容易に未来を展望はできない状況だ。それでも、水が少なくてすむ果樹栽培や茶栽培などで工夫してきた土地だ。

そんな中で、自治体や農家に、“将来どう変化するかわからない費用負担”を提示できない中、見切り発車させることが許されるのだろうか。相良村は、事前協議で“異端”のように取りざたされるが、人吉球磨六市町村中で最も負担が大きいことを考えると、将来、一般町民の生活にも影響する可能性もあることから、反発するのも至極当然だろう。

更に、利水訴訟原告・弁護団は「新案はダムに依存しない確証がない」などとしているのだから、もっと依存しない確証を示す努力をすべきではないか。ダム事業や水利権における国交省と農水省の力関係から考えれば、もっと深く細部にわたる開かれた議論がなされるべきだ。そうでなければ、利水事業の後にはダム事業が続くとして、県民はダムそのものの治水効果とその費用負担も含めて、率直に疑問を持ち続ける。

9日に、私たち「ダムによらない治水・利水を考える県議の会」主催で、第4回の学習会を開催した。利水弁護団の板井弁護士と相良村の矢上村長のお二人に、現状認識について、丁寧でわかりやすい話しを聞かせていただいた。県は、最近つとに激しい自民党県議団からの働きかけで、平成19年度の事業化を“至上命令”と受け止め、焦りとも言うべき、ややバランスを欠いた言動を露呈させながら、うまく行司役が務められていないように感じる。確かに、地元にとって直接の糧になる“公共工事”が、一日も早く欲しいという声も強いだろう。しかし、それが、一日も早く水が欲しいという農家の切実な声として、同じボリュームで重なって聞こえてこないのは、私だけだろうか。

あらためて、「19年度への事業化のタイムリミットは14日」だとしても、逆に、ここまで事前協議にかけられた人と時間を、なし崩しにしてしまうような、拙速な判断が強行されないよう切に祈りたい。

2006年07月10日

外国人生徒の高校受験

夏風邪からやっと回復しつつある。先週の火曜日に、経済常任委員会の管内視察で水俣へ行った帰りから決定的となり、それから金曜まで病院通いが続いた。熱が下がらず、食欲もなく、薬を飲むためにバナナを三分の一本食べるのがやっとだった。

週末は、自治研センター主催のシンポジウム、昨日は、「中国帰国・外国人生徒の進学を支援する会」の進路ガイダンス、第4回川辺川ダム問題学習会(県議の会主催)と、どうにか参加したが、折からのうだるような暑さの中、体だけでなく脳も煮え上がりそうだった。

さて、県立大で行われた進路ガイダンスには、予想を上回る保護者や生徒、そして担任や支援の教職員の皆さんが集まってくださった。私は、昨年から、この中国帰国・外国人生徒の進学を支援する会に参加し、昨年9月には、一般質問でも取り上げてきたが、グローバル化は、私の想像以上に日本の隅々で進んでいるという実感を持っている。その割には、生活や学習の基礎となる日本語習得が、十分保障されているとは言えない現状で、黒髪小学校に支援センターとしての機能はあるものの、熊本県全体をカバーするには、指導者や時間数が足りているとは言い難い。親身になって関わってこられた日本語指導者や支援者の方々にはつくづく頭が下がる。

そして、日本人の生徒にとってもストレスが多い“高校受験”という仕組みが、外国人生徒たちの前にも立ちはだかる。どこを受けたらいいのか、どんな準備をすればいいのか、合否の基準はどうなっているのかなど、日本語支援の必要な生徒たちには、大きなハードルだ。湧心館高校の定時制、東陵高校の国際コース等々、いくつかの学校で受け入れ実績が作られてきていたが、昨年から変わった高校入試(前期・後期)は、更に混乱を招くのではと懸念されていた。

私も微力ながら、支援の会と熊本県教育委員会の橋渡しをしながら、受験に何らかの配慮が必要であることを訴えてきたが、県教委(高校教育課)は真摯に受け止め、思いの外スピーディーな対応を取ってきている。その結果、まず、来年の後期試験で、5教科から3教科での受験が認められた。これは負担軽減という意味で、大きな前進だ。また、正式には15日に発表になるが、前期試験においても、東陵、第一、熊商、北高、阿蘇、球磨商の英語コースや国際コースにおいて、特別枠が設けられ、日本語を母語としない生徒たちの受験に配慮が加わった。

様々な大人の事情で日本に来た子どもたちが、日本において自らの可能性を最大限に発揮して、楽しく充実した人生を送ってくれることを願って止まない。決して彼らが、「日本に来なければよかった」と悩むことだけはないように、日本人である私たちも、彼らとの共生のあり方を謙虚に学んでいきたいものだ。


お問い合わせ 平野みどり事務所 860-0066 熊本市城山下代4-7-28 
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