昨日の「幸山市長の続投を願う東部女性市民の会」は、幸山市長への誤解を生んだ「市立産院」問題について、くまもと市民連合の東美千子市議を講師に、詳細な顛末を聞こうという会だった。東さんは、元熊本市職員で市立産院で助産師として働いたこともある人だ。だから、言えないことも含めて、産院の内部事情をよく知っている。
東さんによれば、全国で公立産院を持っているのは、長野県上田市と熊本市だけだそうだ。その上田市立産院では、97年時点から、分娩だけではなく、産前産後のケア、訪問による母子への支援、思春期の相談支援事業、高齢女性の相談など、幅広い事業で、広範に市民の支持を得ていた。
ところが、熊本市立産院は、その間、何も手をつけてこなかった。年間1億3千万円の赤字を出しても、”変わりたくなかった”産院関係者を、歴代の首長(田尻、三角市長)は黙認し、然るべき改革や改善を棚上げにしてきた。幸山市長がやっとここに着手したわけだ。<この件りについては、4月の私のブログをご参照ください。>↓
http://www.hiranomidori.net/midorig/2006/04/post_171.html#more
さて、昨晩はテーマがテーマだけに、予想通り共産党員も参加していた。幸山市政を批判しつつ、市立産院には一切手を入れずそのまま存続をと主張していた。客観的な情報を寄せ付けないまま、ここまで特定の考えにのみ依拠していてはお話にならない。
その発言に対し、主催者の一人、須藤久仁恵さんが真っ向から反論意見を述べた。実際、署名活動をスタートさせ、最初の4万人分を署名を集めたYさんも次のように語った。「私も子どもを市立産院で産んだ。署名を持っていき、幸山市長と直接お話しした。その過程で、上田市のような事業展開に取り組まなければ、存続は難しいと思った。本当に市立産院を思うのなら、保護者も産院を手伝うなど、一緒に汗をかく支援が必要。私はやっている」会場からは大きな拍手が湧き起こった。
「始めは行革の一環だった」と幸山市長は実に率直に話してくれた。「しかし、中身を知るにつけ、産院だけではなく、ノウハウを67万市民にもっと還元し、発展的に活かす改革が必要だと思うようになった」と。この誠実さが、会場の参加者にも深い共感を呼んでいた。
最後に須藤さんの感想を掲載する:
4年前、「今変わらないと駄目なんです」と、ただ一人で声を上げた幸山市長。当時、議会では『口利き』が横行し、市役所では市民の側を見ることなく、「上司」を見ながら仕事をしていたそうです。そんな熊本市に大きな風穴が開いたのが4年前の熊本市長選挙でした。
幸山市長の誕生と共に、市民と熊本市が近くなりました。何かが起きるとワクワクしました。
期待は、裏切られませんでした。国の三位一体の改革で、地方の補助金や交付金は大幅にカットされています。更に少子高齢社会の到来です。潤沢にお金が使える時代、従来通りの「手厚い」サービスが未来永劫続くことはありえません。それは、素人の私が考えても容易に想像できることです。
熊本市が全国に誇れる街になり、将来に希望が持てる街になるなら、誰もが住みたいと願う街になるなら・・・私は多少の痛みは「覚悟」します。
だって、幸山市長は、市民の痛みを共有して下さると信じられるから。
幸山市長の続投を願う東部市民女性の会で聞いた幸山市長のお話と、東市議の市立産院「廃止」問題の経緯を聞いて、改めて幸山市長に熊本市の経営を託したいと強く思いました。絶対時計の針を巻き戻さないでください。 (熊本市 50代 女性)