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2007年01月29日

柳澤大臣は発言を撤回し辞任すべき

柳澤伯夫厚生労働大臣が、1月27日、松江市内で開かれた自民県議の決起集会の講演で少子化問題にふれた際、女性について「産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」などと発言したことが明らかになった。男女がともに、子どもを安心して生み・育てる環境を整備することを重要施策と位置づけている厚生労働行政の最高責任者である大臣のこの発言には、驚愕するとともに断じて許せないという思いだ。

都会から遠く離れた地の、しかも身内の会で、本音が出てしまったということだろう。柳澤大臣のつれ合いは、大学教授という仕事を持った女性で、共に自立した夫婦と思っていたので非常に残念だ。こういう人ですら、ポロっと出すのだから、彼以外の政府関係者や議員たちも、口には出さなくても、こんな本音を持っているのだろうと想像させるに余りある。

報道によれば、国会での質問で「女性の方々を傷つける不適切な表現を用いた。国民、特に女性に申し訳ないと存じ、改めて深くおわび申し上げる」と謝罪したと伝えられているが、人間性を疑うような「産む機械」発言は、戦前の「産めよ殖やせよ」の富国強兵の人口政策を想起させるばかりでなく、現在の少子化の問題が、あたかも女性の側の責任であるかのような認識を露呈した。女性の人権を全く無視している。

1994年のカイロ会議、翌1995年の北京世界女性会議を経て、世界的に認識されてきた「女性の性と生殖の自己決定権(リプロダクティブ・ライツ)」の尊重という視点が、柳澤大臣には欠落している。政府の果たす役割は、安易で、的はずれな出産奨励ではなく、「子どもを望む女性が 、生み育てたいと思えるような環境を整備すること」であることは、厚労省の中でも議論の余地はないはずだ。

一方、安倍首相は施政方針演説で、「子どもは国の宝」とし、「家族の素晴らしさや価値を再認識することも必要」だと発言している。首相は、「少子化対策」を「家族の価値」と重ね合わせている。このような背景の中、今回のような厚生労大臣の「産む機械」発言だ。現政権は、子どもや女性を、あるいは家族を、国のための道具としてのみ、見ているように思える。

現在、非正規雇用へと追いやられる女性の数は増え、男女の賃金格差も拡大する傾向にある。このような状況は、安心して子どもを産み育てられる環境ではないことは示している。柳澤大臣の女性の人権を踏みにじる発言には、30日に、女性団体が抗議し、発言の撤回と大臣の辞任を要求する予定だ。

2007年01月28日

何故、安藤忠雄氏が設計?

新熊本駅の駅舎のデザインを、建築家の安藤忠雄氏が担当することになったそうだ。議員である私も、新聞で見てビックリした。私の叔父と弟は建築を専門としているため、昔から安藤氏の名前や作品を耳にすることは多かった。安藤氏の建築をどう評価するかは人によって違うようだが。

実感からすると、県立古墳博物館のあまりに長いスロープ(まるで車いすレースのよう)はいただけない。また、最近出来た同潤会青山アパートを再生させた表参道ヒルズも段差だらけだそうだ(利用した友人からの伝聞)。果たして、安藤氏が駅舎という機能面で多様な課題を持つ施設の建築設計に、どれだけ深くコミットしていかれるのか、素人ながらかなり心配だ。

ご自分の意匠が先行して、UDやバリアフリーの優先順位がまかり間違っても低くなっては困る。駅を利用する人たちの中には、高齢者、障害者、子ども連れの親子、外国人などがこれからますます増えてくる。そのためには、地元から新駅に対して出ている様々なニーズや要望を丁寧に押さえて、地元の中に入り込んで取り組んでいただく必要がある。

さて、私には合点がいかないことがもう一つある。それは、今回、県が安藤忠雄氏に依頼したという経緯はどういうことなのかという点だ。細川知事の時代、県立施設を舞台にアートポリス“建築実験”が行われ、その時は話題にもなったし、建築家の使い方として大きな批判には至らなかった。ただ、裏では、もっと地元の建築家に機会を与えて育てて欲しかったとか、大手ゼネコンや建築家にお金が流れ、地元企業には、難しい施工の割には実入りが無かったという声はもれ聞こえていた。

今、公共工事は、指名競争入札から一般競争入札へと転換していっている時代だ。確かに県が提示した予算の300万円は、安藤氏レベルの人には安いのかもしれない。しかし、予算は別にしても、今回の駅舎のデザインが、地元の建築家にコンペの機会も与えらずに、指名も指名、「安藤忠雄氏で決まり」となる過程がよくわからないのだ。税金の使途がこのように決定されていくことを、納税者として県民の皆さんは納得されるのだろうか。

2007年01月27日

ブーム起きる!韓国ドラマ「復活」

昨年11月頃から日曜日の夜、必ず見る番組がある。番組と言っても地上波ではなく、加入しているスカパー(CS)の韓国ドラマだ。このブログで度々、「チャングムの誓い」については書いてきたが、特に韓国ドラマフリークというわけではない。しかし、たまたま見始めたこのドラマとの出会いは衝撃的だった。

それは、KBSという放送局で2005年夏に放映されていた「復活」というドラマだ。全24話のこのドラマは、一言で表せば、ストーリー展開と人間の心情描写が巧みなサスペンスドラマだ。監督は、「厳窟王」にヒントを得て構想したそうだ。韓国では、視聴率こそ裏番組のドラマに喰われたが、ネットでのアクセスが史上最大と言われるほど、ブームとなった。ちなみに、韓国ではドラマは週2回の放送で進み、テレビで見れなくても、すぐにネット配信されるそうだ。そこでの盛り上がりはすさまじく、「復活パニック」と呼ばれたらしい。

日本では見ていない人が大半だろうから、ストーリーについてはここでは紹介しないが、とにかく、これが地上波やBSあたりで放送されると、必ず、韓国と同様のブームが起こり、老若男女のファンが生まれることは間違いないと思う。主役はこの番組でトップスターの仲間入りをしたオム・テウン。彼の相手役は、チャングムの医女仲間のシンピ役をやっていたハン・ジミン。彼らの苦難に満ちた愛も、ストーリーの要になっていて、ほほえましくも涙を誘う。

CSでは後4話残っているが、私も1月、2月とこれから更に忙しくなるので、この1月に発売されたDVD-BOXを買って残り4話を観終わった。映画好きの夫は、時々買ってくるのだが、私は生まれて初めてDVDなるものを買った。車の中では、テーマソングも含むオリジナル・サウンド・トラックのCDも聞いている。音楽もよく出来ている。好きな音楽や文学作品を大事にするように、このドラマは永久保存版として持っておきたい。巧みなストーリーやプロットには、何度観ても新しい発見があるそうなので、選挙が終わったら1話から24話までまたじっくり観たいと思う。

それにしても、こんなにハラハラしながらも、心揺さぶられ、おまけに涙腺を緩ませるドラマは経験したことがない。主人公のオム・テウンという俳優は、決してきれい系ハンサムではないが、素朴でチャーミングなキャラクターは魅力的で、その演技力は秀逸だ。

さて、このドラマの中でも、政治家と建設会社と建設省の役人がからむ犯罪がストーリーとして展開される。選挙を進めながら、「ああ、政治家って、韓国でもあんな存在なんだなあ・・・」とため息。「いや、そんな関係を“一掃できるよう頑張る議員”であり続けるんだ!」と、今日も自分を鼓舞しながら、動き回っている。

ちなみに、「復活」は既にレンタル開始されているそうなので、時間がある方はご覧頂きたい。その際、1話と2話を細かいところまで、しっかり観ることが肝心だ。

2007年01月26日

人吉にもあった”行政の膿”

熊本県の人吉球磨広域行政組合が発注した「汚泥再生センター」の設計などの入札に絡む不正行為(競売入札妨害)で、組合幹部と落札した東和科学の元九州支店長が逮捕された。この組合の代表理事は福永浩介人吉市長。彼に司直の手がのびる可能性も出てきた。もともと、6選かと言われていた福永氏の昨年末の不出馬宣言から、何かがあるのかとの噂は流れていた。そして年明けの現在の動きだ。とにかく、事実を明らかにし、人吉の長年の膿を出し尽くさなければならない。

川辺川ダム問題で言えば、反対派の私たちから言えば、推進派の本山の福永氏が崩れると、ストップに更に弾みがつくことが期待される。今後の推移を見ていきたい。

それにしても、いまや国民は行政と業者との関係に、悉く「ダーティーなもの」と烙印を押してしまっている。次から次に明らかになる「血税の不正流用」は、爪に火を灯しながら暮らす人たちや年々家計が厳しくなっていく国民に、「不信と怒り」を蔓延させている。大変残念な傾向だ。大方の公務員は、住民へのサービス追求に誠意を持ってあたっているのに。

ただ、国家公務員で言えば、キャリアの常識をはずれた転職や天下り、地方公務員で言えば、幹部の自治体出資団体等への天下りや現職時に取引していた関連企業への転職などを、この際完全にストップさせる「有効な仕組み」が必要なのだ。

とにかく、人吉市は市長選後の新しい市長の下で、民主的な議会や行政が実現していくことを期待したい。そして、他の人吉市以外の自治体が、この手の事件で次に紙面をにぎわせることのないよう願いたい。

2007年01月24日

労組選対発足

昨日、21労組系の労働組合と退職者の会を中心とした、労組選対の発足式を行った。今回、これまで平野支持で割り当てられていた労組が、いくつか他の候補者の支援に回された。連合系の労組の支持も、労組の数と組合員数からしても、私は他の候補者と比べると少ない。「全員の確実な当選のために」ということだろうが、私としてはかなり危機感を持っている。

前々回、前回と熊本市区で2位当選させていただいた結果からの対応だろう。労組票以外の票を頂いことは確かだが、あくまでも浮動票は浮動票。確実な票として計算できるわけではない。しかし、愚痴を言っていても仕方ない。基礎票が目減りする中、一般の方に更にしっかりと「平野みどり」の存在を確認していただくため、残り70日、丁寧に訴えていきたい。

冒頭の労組選対の発足であるが、今、公務員や教員の選挙への関わりに、かなりシビアな目が注がれている中、頼りとなるのは退職者の皆さんたちだ。皆さん、お元気で、「現役が動けん分、私たちが頑張る」と温かい励ましをいただいた。今、60代、70代の皆さんは、この間の国の動きに大変な危機感を持っておられる。戦争の体験や記憶を生々しくお持ちの方たちだ。託された思いにしっかり応える候補者であり続けることが、皆さんたちへの恩返しだ。

2007年01月23日

宮崎県の出直しの行方は

宮崎県知事選は、そのまんま東氏の圧勝という結果となった。前職の汚職に絡む出直し選挙であるが、事件の深さと広がりが全国的に轟いてしまったことを、宮崎県民もかなり深刻に受け止めているようだ。既成政党、官僚に完全にレッドカードを突きつけ、「もういいかげんして」という思いを形としたということだろう。

宮崎県民の「どうせタレントで、知名度頼りの候補」という当初の予想を覆し、辻立ちやミニ集会などで、わかり安いマニフェストと同時に宮崎弁で政策を語って回ったそうだ。仲間だった芸能人の応援はシャットアウトして、草の根をアピールした。更に公開討論会などを通して次第に、「結構、政策通のようだ。やってくれるかもしれない」という期待が広がり、あの結果。

過去の不祥事(未成年の買春行為)から再生できるかという点では、少々不安も残るが、しっかり本質的に反省してもらうしかない。ちなみに、20年ほど前、当時のたけし軍団のメンバーとして、数人と熊本の居酒屋で宴会をやっているところに出くわしたことがあるが、決してその時は“感じ”よくなかった。寄ってきた一般の方に対して、“オレ様を誰だと思っているのか”という雰囲気が感じられた。

まあ、そんな第一印象やその後の行動はともかく、政治に目覚め、勉強してきたというお手並みを拝見していきたい。“宮崎のセールスマン”としては効果大だろうが、とにかく、熊本も含めてコテコテの保守王国であるし、汚職の巣窟となってしまった宮崎県だ。出直しは、ドラスティックに進めていただきたい。

2007年01月21日

自信に満ちた有権者

新年会や旗開きもそろそろ今週で終わりに差し掛かった。今日は、幸山政史後援会西里地区の懇親会に参加した。実は義父が北部町出身ということもあり、兄弟や従姉妹たちが北部には多く住んでいる。懇親会には、父と一緒に参加したのだが、さながら同窓会のようだった。40年近くを隔てての再会などもあり、父も喜んでいた。私はアッシー君として、ノンアルコールで参加した。風邪も治りかけでもあり、ちょうどよかった。

それにしても、幸山市長の応援団は実に幅広い。改革派の首長である幸山氏を応援する無党派の人たちが多いことは当然だが、幸山氏のこれまでの選挙を通じて、保守層の多い農業地帯の有権者の皆さんは、もう押しも押されもしない「自立した市民」になられている。「金(利権)や地位欲しさに議員になって、2,3期でダメになったもんば、いっぱいしっとる。そぎゃんとは、ほんなもんの政治家じゃなか」とか、「政治家は本人そのもので選ばないかん。政党じゃなか」とおっしゃる方たちも。もともと自民党だけが政党と思っておられた方も少なくないはずだが、皆さんたちの意識は大きく変わっていて、なにやら有権者としての自信のようなものが感じられた。

今回、幸山後援会は市内10カ所ほどで新年会・懇親会を開いているが、どこも大盛況のようだ。私も後、1、2カ所お邪魔するが、この有権者の熱気をもって、市長には2月市議会も乗り切っていただきたい。何しろ、執行部提出の自治基本条例案を、新たに議会が練り直して、議会案として提出するようだ。執行部案の中の「協働」や「参画」という文言が削除された「議会版自治基本条例」だそうで、全く開いた口が塞がらない。市民が真の力を付け、情報を共有しながら、行政の不十分な部分を補うことは、むしろ歓迎すべき流れだ。それを否定しようとする議会であってはならない。しっかり、オープンな議論を丁寧にやっていただき、恥ずかしい議会案条例を可決しないよう、心から祈りたい。さもなくば、4月に議員入れ替えが・・・?!

2007年01月17日

中二階の県議会へ厳しい目を

喉、鼻の違和感が続いていたので、ここ一週間用心をしている。幸い寝込むまでには至っていないが、外出はできるだけ避け、家にいるようにした。選挙も刻々と近づいてはいるが、向こう3ヶ月、元気で乗り切るために思い切って休養も大切かもしれない。

選挙用の資材が整い、配布を始めている。役員会では、「今回の選挙の争点」を話し合い、不公平感、格差という言葉を中心に、地方議会の役割を考えていこうということになった。みどりニュース増刊号の見出しは、ズバリ、「めざそう!格差のない社会」

確かに、非自民の政党がこぞって、小泉政権から安倍政権へ引き継がれている「格差社会」を強く批判しているし、足下の阿部政権ですら、統一自治体選挙や参議院選挙への影響を意識して、格差対策を口にしている。だから、今回、私たちが格差をテーマにしているのではないが、やはり、どうしてもこれ以上の格差の広がりは許せない思いなのだ。

「切磋琢磨」という言葉は、大方、ポジティブな意味合いを持って受け止められる。しかし、そこには勝ち組、負け組はあって仕方ないという考えも透けて見える。もちろん、人それぞれ、得手、不得手があることは当然だが、一面的な学力や利潤獲得という分野があまりに前面に出てしまっているのが、今の日本社会のようだ。ささやかであっても個々人の「誇りや自信」が、生きていく上で、その人を支えている。そんな「誇りや自信」が幼い時から、育まれていく社会なのかと考えた時、むしろそれらを、早くから打ち砕いている社会だと思える。

これから4年間、日本が大きく舵を切り直す可能性を少しでも探っていきたい。もちろん、国政が変わらないと如何ともし難い。しかし、地方議会が軋みながらも、未来に向けて体質を変化させなくては、有権者から「そんな議会は要らない」と今回こそはレッドカードを突きつけられるだろう。

中でも、市町村と異なり、幾分生活者に距離がある中二階の県議会への目は厳しくなるだろうし、またそうあって欲しい。個々人の考えは微妙に違いながらも、「与党」の旨みと安心に依ってかかっている方々に、厳しい目を注いでいただきたい。もし多数派がいくらか分散すれば、柔軟な政治判断が出来るし、よどんだ空気も清浄化されるだろう。「党派」を必要以上に持ち込まない議会にしていくことは、次期の大きな課題だ。諦めずに取り組みたい。

2007年01月10日

来期への議会のマニフェストを

春の改選までにあと一回2月県議会が開会される。この議会は、2008年度予算を決める議会であると同時に、この4年間、県議会で何が達成され、どう変わってきたか、あるいは何がいつまでたっても変わらないのか等々を、検証していく議会であるとも言える。議員は必ずしも全員、議席に戻れるとは限らないが、まずはこれから4年間の課題をしっかりと確認していかなくては、次期の議席を有権者の皆さんに訴えいく資格がないのではと思う。

中でも、議会そのものの改革は、他県に比べて遅いと言わざるを得ない。いつまでたっても、議員が執行部におんぶにだっこでは、有権者の期待には応えられない。県職員からは、「質問も答弁も書かせてもらえる議員の場合は楽だ」という声が聞こえてくる。全く情けない。いつまでこんなこと続けていくのかと呆れるが、これが実態だ。私たち、県民クラブの議員の場合は、質問は自分で作るので、執行部には、ある意味“ご迷惑”やら“ご苦労”を掛けていることになる・・・のかな?

9年間も議員をしていると、「あれ、これはやらせ質問だな」と直感することが度々ある。つまり、執行部側が「議会で質問してくれるといいけどなあ」という内容を、質問する議員に、「こんな項目はいかがでしょう?」という具合に提案(リストが在る?)して、「よし、これとこれ。頼むぞ」、「はい、承知しました」という展開になったとしか考えられないような、「この議員がこんなタイミングでこんな質問???」があるのだ。しかも、自分が書いた質問ではないので、彼らは不自然に読み間違えたりする。

率直な職員は、「もっと議員の皆さんが勉強してくださるといいのですが」と言ってくれる。もちろん私にも向けられている言葉として受け止めたい。情報量や政策力は、正直、執行部には敵わない。ところが、私たち議員には、有権者である県民との強いパイプや現場の声がある。ただ、それだけで議会に登場してはダメな時代なのだ。政策力を議会の中から醸成することを、議会全体のマニフェストにすべきだ。議員と執行部の間の真の“切磋琢磨や緊張関係”が、来期の4年間では実現することを、心から“夢”みている私だ。

また、ここのところ問題になっている議員と公費の問題も、来期こそは透明度を100%に近づけていかなくてはならない。政務調査費の領収書添付は当たり前であり、それをチェックすることは県民の権利だ。更には、費用弁償を含む支出が、果たして妥当かどうかも、改めて検討し直す必要がある(熊本市内の議員の現行12,000円/日は、ガソリン代として1000円/日でいい)。「格差社会」の見直しは、政府も言い出している。議会と県民との感覚の「格差」も埋めていく時だ。その為にも、議席を守り改革を進めたい。

2007年01月09日

どんどやも風用心で

我が家に吹き付ける西風といったら、その凄さは立っていられないほどだ。私ならば、車いすのブレーキは効かず、自分の意思とは関係なく転がっていきかねない。我が家の西側1kmは住宅が建っていない市街化調整区域なのだ。有明海から熊本市に吹き付ける風を一手に受けている感じがする。この連休はそんな風との闘いだった。車で帰宅しても、しばらく風がおさまるまで待って玄関に入るという具合。昨日も、成人式で着物の人は大丈夫だっただろうかと心配したが、町の中はそうでもなかったのかな。

一昨日、台風並みの強風だったため、昨日、一日遅れのどんどやが、下代公園で行われた。それでも、昨日の風も相当強く、公園の東側の住宅には、真横からススがどんどん流れて行った。昔からの風習としてのどんどやだが、河川敷などで行える地域はいいが、城山下代もほぼ空き地が無いほど年々住宅が建ち並んできたので、毎回消防団も待機して、万全の体制で行なわなければならない。新しい住民も増えていく中での、地域の風習の継続は、理解と参加を求めながらの新たな段階にあるようだ。

さて、今朝は城山上代交差点で、朝から街頭演説に立ってきたが、寒さに手や唇がかじかむ。自転車での通勤通学の皆さんもかなり寒そうだった。これから2月に向けて、寒さは一層厳しくなる。寒さだけでなく、雪で凍結すると、交通機関にも支障が出てくるので、少し早めの行動で事故などを回避したいものだ。

いよいよ今日から本格的に動き出す。名簿の整理、挨拶回り、次のニュースや資料の発送と今週は忙しそうだ。

2007年01月08日

選挙でもコスト意識を

先日「パーキングパーミット制度」について書き込んだ。休日開けに、早速担当課から連絡が入り、説明を受けた。新聞では早々に、施行されるような記事だったが、来年度施行に向け、予算要求はしているが、今年度は調査や検証に充分時間をかけるとのことだった。特に、始めるとなれば、九州一円での利用を可能にするために、他県との連携が大切なので、急ぐ必要はないと思う。ただ、私が最も心配している、啓発の徹底と優先順位をいかに設定するか、必要な駐車台数をいかに増やすかという点だが、明快な回答はまだ得られていない。むしろ、今後の関係団体を含めた会議で具体的に詰めていただきたい。

年明け後、そろそろ旗開き(労働界でいう新年会)などが入ってきている。また、後3ヶ月後の県議選に向けても、資材の準備、事務所、集会の設定など、準備が始まった(ちょっと遅いかも)。幸い、12月議会で質問は終わっているので、選挙活動は、2月議会とバランスを取りながら取り組んでいくことにする。

今回は特に、「お金のかからない選挙」を追求していきたいと思う。とは言え、実際、過去の選挙も振り返りながら、今回の選挙に向けての試算をしてみたが、かなり切り詰めてみたものの、やはり一定の資金は必要だ。たとえば、印刷物(ニュース、封筒、支持者カード、名刺)、郵送費、事務所賃貸料、人件費、事務所看板等々。4年間の議員報酬から選挙に向けての積み立てをしてきているが、それに加え、やはりカンパを募っていかなくてはならない。よく、連合系の候補者には、「組織がついているから」などと言われることがあるが、応援してくれる労働組合は、公選法上、そもそも資金の供与は出来ないわけだから、組織内に浸透させていただくことがメインとなる。

とにかく、御輿に乗る候補者の時代は、私にとっては終わっている。自らが、コスト意識を持ちながら、効率的な動き方、支援の広げ方ができるよう、ある意味、挑戦していく選挙にしていきたい。

2007年01月03日

誰が優先?パーキングパーミット制度

年末の地元紙の県内総合面に「佐賀県のパーキングパーミット制度にならい、熊本県でも来年度導入検討」との記事が掲載されていた。「佐賀県のパーキングパーミット制度」については承知していたが、導入へはよほど慎重でなければならない。まずは、佐賀県での導入検討過程と、その後の実態を徹底的に検証すべきではないか。むしろ、現在の障害者用駐車場の利用の仕方ですら理解されていない状況で、さらに新しい登録制度を設けるのは大きな矛盾を抱えることになり、混乱しか招かないのではないかと心配だ。

佐賀県のホームページによると、佐賀県パーキングパーミットは、身障者駐車場利用証を県独自で作るということで、この制度利用証が交付される対象者は、車いすユーザーに限らず、「歩行が困難な方」となっている。つまり、
(1)身体障害者のうち歩行困難と認める者
(2)一時的に歩行困難と認める者
     イ)けが人(車いす、杖等使用期間)
     ロ)妊産婦(歩行困難時から乳児の首が座るまで)
(3)高齢、難病等により歩行困難と認める者

また、佐賀県の担当に直接問い合わせた方からの報告によると、「高齢者の歩行困難」者は、車椅子ユーザーに関わらず、要介護度1以上の高齢者全員が対象で、「歩行困難」の基準はないそうだ。また、違反者に罰則はなく、車のワイパーに県作成の啓発チラシを配付するのみ。管理は、警察でも行政でもなく、施設や民間の駐車場の責任者にチラシを預けておくのみとか。佐賀県在住の方によると、一般県民の認知度はまだ低く、IDカードでなく利用証の紙なので、障害のない人の車が平然と停まっているのをよく見かけるが、啓発のみで罰則もなく、あまり高い評価ではないとのことだ。

私の12月県議会での質問でも述べたが、現在、熊本県で進められている「すべての人、あるいはより多くの人」を対象にしたユニバーサルデザインの問題点の一つは、優先順位が狂ってしまい、本当に必要な人に対してサービスが行き届かないことだ。車のドアを全開しなければ、乗り降りできない私たち車いすユーザーが、未だに多い非常識な駐車違反者だけでなく、優先度が低い方たちとの新たな“軋轢”を強いられるのは、大変不幸なことだ。多目的トイレと違い、駐車場は何時間も待たなくてはならず、車いすユーザーにとっては、耳障りのいい「優先」ではなく、「専用」にこそして欲しい。熊本県在住の要介護度認定1~5の高齢者は62,320人。極端な例だが、高齢者62,320人に加え、妊産婦の全員が登録してしまえば、車いすユーザーの駐車スペースは一体どこに確保されるというのだろうか。

このパーキングパーミット制度を考えるならば、まず一番に検証すべきは「利用対象者の枠」だ。ユニバーサルデザインで言う「誰でも」ではなく、必要なひとに確実なサービスを提供することこそが、行政サービスの果たす重要な役割ではないだろうか。慎重な検討を望みたい。

2007年01月02日

県立劇場でも楽しみたい

元旦の夜の楽しみは、何と言ってもウィーンから配信されるウィーン交響楽団のニューイヤーコンサートの生中継だ。ヨハン・シュトラウスやその一家が作曲したワルツやポルカの数々は、一年の始まりにあたり、気持ちを弾ませ希望を持たせる。

交響曲などと違って、それぞれの作品が短いので、肩もはらず聴けるし、ポピュラーなメロディーが多いのでクラシックにあまり縁のない人も楽しめる。それに毎年、指揮者が変わるのも楽しみだ。一昨年はロリン・マゼール、昨年はマリス・ヤンソンス、そして今年はズービン・メータ。それぞれの個性が、年々の構成や、曲の解釈や表現に表れている。

またいくつかの作品では、シェーンブルン宮殿でのウィーン国立歌劇場バレエ団員の華麗な舞も楽しめる。この宮殿は一度訪れたことがあるが、この舞踏の撮影は、一般観光客が入れない間で行われているそうだ。その装飾や絵画にも目を奪われる。

コンサート会場を見ると、日本人らしき人がかなり見受けられる。それも結構いい席に座っている。恐らくバブルの時期あたりから、日本人が増えたのだろう。その中の一人になるのは、少々気が乗らないが、それでも一度だけ、年の初めの日を、あの会場でワルツやポルカに包まれて迎えたいものだ。いつか叶えたい夢の一つにしておこう。

さて、熊本は県立劇場コンサートホールというクラシックを聴くには全国でも屈指の会場を持ち、民間や自治体のプロモーティングも功を奏し、地方の都市にしてはかなりの頻度で、世界でも高いレベルの楽団やアーティストのコンサートが開催されている。他県から聴きに来る方もおられるようだ。「もちろん私もよく行きますよ」と言いたいところだが、残念ながらほとんど行けていない。

クラシックも含め、音楽が人生の大きなパートを占めている私なのだが、車いすを使うようになってから、県立劇場のコンサートホールには足が遠のいている。(演劇ホールはまだましだが、こちらも一考は必要)私たちが“居る場所”が、一階の最後列の出入り口付近に限定されているからだ。とにかく人の行き来があり、落ち着いて聴けない。チケットも障害者割引が設定されている場合もあるが、正規料金でいいから、会場との一体感も持て、気持ちよく集中して聴けるまともな場所をと言いたい。同じ思いの車いすユーザー仲間も少なくない。

また、車いすユーザーとそうでない人が一緒にコンサートを楽しもうとしても、隣り同士にはなれず、離ればなれ。これから、団塊世代とよばれる多くの人たちが退職して、余暇活動が本格化してくるだろう。しかし、万が一、たとえば途中で車いすユーザーになったとして、老夫婦や友人がこれまでのように、隣同士でコンサートを楽しめないとすれば、今後、私のような疑問や不満を持つ人は必ず増えてくる。このままでは社会参加の意欲を萎えさせる。

外国での劇場や映画館を見た少ない経験から言うならば、一階部分の前列部と後列部の間の広い通路まで行けるようにして、後列部の最前列に車いすユーザーの席を作るといいだろう。それには、そこまでの移動の手段を、当事者や専門家が情報や技術を持ち寄り、検討していく必要がある。確か、福島知事在任中に行われた県営施設のバリアフリー化の際、エレベーターが設置不可能という結論で、現在のような中途半端な対応で落ち着かせたようだが、今後は再検討が必要だ。県立劇場は、空調等の改修工事が予定されていると聞く。その際、再度、本県のひとにやさしいまちづくりの視点からも、ランクアップした対応を期待したい。

2007年01月01日

年賀はがき考

あけましておめでとうございます。m(_ _)m
今年が皆様にとって、素敵な出会いの多い年になりますように。

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2007年元旦は、薄暗い一日だったが、とうとう夕方から雨となった。とにかく元旦は、実家に挨拶に行ったりはしても、原則的に家にいることにしている。年賀はがきに対応するためだ。「ええー、年明けにやってんの??」という声が聞こえてきそうだが、残念ながら年末はそれどころではないのだ。

年賀はがきは、議員は出してはいけないので、当初から準備することはない。頂いた年賀はがきについては、企業や団体からの分はご容赦いただき、個人から来た分への返信のみにさせていただいている。そして、できるだけメールで済むものはそちらで返信して、残りをはがきで準備する。しかしそれでも200枚近くとなる。

さて今の時代、ほとんどの家にパソコンやプリンターがあるので、パソコンでデザインされた年賀はがきは、バラエティー豊かでおもしろい。しかし、個別のメッセージが一行も無い年賀はがきを出す意味って何だろう?と正直思ったりもする。もちろんまだメールで、“あなただけへのメッセージ”がしたためられている方がいいのでは。

年賀はがきという、昔ながらの年始挨拶のスタイルに、デジタルデザインされた画像と言葉が映し出されている・・・、アナログとデジタルのコラボレーションってところか。しかし「今後、年賀はがきはどういうふうに変わっていくのだろう」とも思う。さてさて、今晩もまだ返信と格闘し続けよう。

それからもう一つ、元旦の夜は必ず家にいる理由がある。それは明日のこのコーナーで。


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