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2007年03月29日

いよいよ明日スタート!

桜が満開の東京。熊本もこの週末が見頃になるようだ。明日は3月30日。四年に一回の審判を受ける熊本県議選がスタートする。選挙戦で語りたいことはたくさんあるが、この9年間の議員活動を振り返りながら、今の熊本県や熊本県議会に何が欠けているかなどを中心に未来を展望しながら訴えていきたい。

それにしても選挙期間の9日間は短いようで長い。体力的にはまだまだ大丈夫だが、気温も鰻登りになっていく時期だ。体調管理には気をつけたい。ここにきて、片づけなくてはならないことが色々あり、昨日は3時間しか寝ていないが、選挙期間中はむしろじっくり夜は休むようにしたい。

さて、選挙期間はホームページの更新はストップしなくてはならない。HP「復活」の際は、再び議席にとどまっていられるよう、全力を尽くしたい。「応援よろしくお願いいたします!」とは言えないんだっけ?全く「ネット選挙にまだ壁高く」だが、ネット使いの仲間が議会に増えていけば、また状況も変わっていくことだろう。そこにも期待したい。では、しばらくの間だ、アンニョン! & Au revoir !

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告示後、平野みどり個人演説会を6回開催する予定です。会場は、明日、選管を通じて確保され、選挙が優先となりますので、ほぼ開催できるはずですが、最終的には平野みどり京町事務所(320-9577)でご確認ください。ご来場よろしくお願いいたします。

<平野みどり個人演説会>
4月1日(日)14:00-15:00 県民交流館パレア会議室1
         19:00-20:00 城山地域コミニティーセンター
4月3日(火)19:00-20:00 熊本市青年会館(熊本市総合体育館内)
4月4日(水)19:00-20:00 清水公民館(八景水谷公園横)
4月5日(木)19:00-20:00 託麻公民館(託麻市民センター内)

2007年03月28日

薬には慎重に

タミフルの服用と子どもの異変が、何らかの関連があるかもしれないと、厚生労働省もやっと認め始めたようだ。薬害の一つとして、責任を問われることを恐れたのか、なかなか認めなかったが、ここまで各地で事故を含む報告が上がれば無視できるはずがない。

薬害と言えば、薬害肝炎被害者の皆さんの怒りも収まらない。厚生労働省前で座り込み決行中だ。熊本の原告の一人、出田妙子さんによれば、「東京判決の第1の意義はついにクリスマシンの法的責任を認めたこと。『クリスマシンは薬害ではない』とうそぶいてきた被告である国や製薬会社も、クリスマシンも含めた全面解決を検討せざるを得ない。これは本当に大きな前進です。第2の意義は、司法がみたび被告らの責任を断罪した点です。もっとも、判決が続く限り、責任が認められない原告さんが出てくる可能性は続きます。全原告さんの被害を回復するためには、行政・国会の役目が重要になってきます」とのこと。被害者の状況の把握や支援など、地方行政や地方議会の役割も小さくない。

それにしても、薬は飲まないにこしたことはないのだが、治療に薬が不可欠な場合も多い。つい先日も、胃に軽い潰瘍がみられた母も、潰瘍そのものを治療する薬の他、痛みを抑える為の薬を服用していて、麻痺側の麻痺が少し重くなった。直ちに、投薬を中止し事なきを得たが、薬には患者の体質に合う、合わないがあるようだ。

ところで、私は母の通院に同行してコミュニケーションの支援を行っているが、最近変えた病院のドクターはとても丁寧に母の話を聞き、薬剤師である母が納得のいく治療を心がけてくださる。言語障害がある人との接し方は、大変だと思うが、コミュニケーション力の無いドクターはこれからは失格だ。

お陰で、母の潰瘍も改善したので、選挙期間中の母からの「緊急連絡」もないだろう。9日間、元気でいてくれると有り難い。痛みが治まったものだから、今は春の甲子園が楽しみのようだ。母は東国原知事と同じ、都城泉ヶ丘高校の卒業生だ。もっとも、旧制女学校j時代を含め、熊本第一高校、対馬高校、佐賀高校と、実に4校も転校している。祖父の仕事の関係だ。今回、都城泉ヶ丘からは甲子園出場への寄付をと言ってきたそうで、気前よく1万円も寄付したらしい。(年金暮らしなんだから、そんなにしなくても~!)第一にずっといたら、「母校が甲子園へ」はまずあり得ない話なので、楽しんでもいるようだ。さて、熊工もベスト8。都城泉ヶ丘との対戦はあるかな?野球にはあまり関心がないが、このカードが実現したら選挙もさることながら、気になりそう。

2007年03月26日

多様な選挙スタイルを

今日は日中の陽射しが、初夏を思わせるほどだった。車の窓ガラスは一応UV加工はしてあるようだが、助手席に差し込む陽射しから身を守るため、明日は「日焼け止め」を持参しよう。これ、選挙期間の必須アイテムでもある。

30日からの選挙戦に向けて、事務局会議で必要なものなどを確認していると、薄らいでいた4年ごとの記憶が次々とよみがえってくる。選挙グッズ(スタッフジャンパー、白い手袋、降雨時に必要なバスタオル等々)を4年振りに衣装ケースから引っ張り出し、私がいない日中、義母が洗濯してくれた。天気がよかった今日は、気持ちよく乾いたようだ。

ゼンリンの地図といえば選挙、選挙と言えばゼンリンの地図といわれるほど、この地図は大活躍する。昨年、デジタルマップも購入したが、やはり車で移動する際は、デジタルマップより、あの紙状態の地図が使いやすい。ただ最近は、住所変更された地域があまりにいため、事前に必要な地図のコピーを用意して廻っても、頭をひねらなければならないことも少なくない。我が家も同じだ。城山下代町475-1が城山下代4-7-28に変わったばかりだ。

それにしても自慢ではないが(ちょっとだけ自慢)、私は「地図の読めない女」の部類には入らないような気がする。どんなに複雑に入り組んでも、少なくとも東西南北や幹線道路との位置関係が、ナビ無しでもなんとなくわかる。方や、「今どこを向いているのかさっぱりわからない」という人も。私には体内羅針盤があるのかも。だからと言って効率的に目的地にたどり着いているのではないが、段々慣れてくるものだ。

さて、車いすユーザーの私が支援者を訪問するときだが、いちいち車から降りることをしない。スタッフが玄関でご挨拶し、車に乗っていることを伝える。すると、病気だとか足が不自由だという方々以外は、車に寄ってきてくださる。大変申し訳ないのだが、そうしないと、何十回と車から乗り降りするのでは体力が持たない。今までこれでトラブったことはない。

群馬県の高崎市で、市議会に挑戦する女性とメールのやり取りをしている。彼女の障害の程度は恐らく私くらいだと思う。選挙のやり方について聞かれるので、「障害の無い人と同じようにやらなくてもいいのでは」と言っている。開き直ることも大事だ。もちろん訪問件数などは、やはり障害の無い人よりは少なくなるが、出会う人の数を増やす場を、集会などで作る方法もある。今の選挙のスタイルは障害を持つ私たちには“酷”な点も多いので、その点を整理して然るべき場や方法で訴えると同時に、発想を転換し、知恵を出して乗り切りることも必要だ

2007年03月25日

花見シーズンの選挙

熊本でも桜が開花して、今週末は花見で賑わうのではないかと思ったが、なんと集中豪雨の春の嵐。毎年、細川家ゆかりの泰勝寺での花見会に参加しているが、足下も悪く、車いすには厳しそうなので、今回は失礼することにした。

それにしても、今週末を過ぎるといよいよ春本番に突入しそうだ。春と言えば、日本では希望と落胆が行き交うシーズンだ。受験に失敗し18の時に悔しい思いをした春もあるが、私の来し方を振り返れば、希望と暖かい風に包まれた季節が春だという印象だ。今年もそうあることを望んでいるが、その結果は神のみぞ知る、だ。

30日から選挙カーで市内を回るが、折角の春に、騒音公害だけは出さないようにしたいと思う。とりわけ、今回は城山の自宅を起点として、選挙カーが出入りするので、住宅街であることに細心の注意を払いたい。

さて、大好きなこの季節をゆっくり味わうことができないのは残念だが、たまたま熊本市内一円の色々な桜の見所を巡ることができる点では、4年に一度の楽しみでもある。選挙情勢は、誰が落ちても当選してもおかしくないという厳しさだが、だからと言って花見の人だかりに絶叫するような無粋なまねは頂けない。

選挙のスタイルも考え直した方がいい時代だ。今回平野事務所では、選挙カーのアナウンス(いわゆるウグイスさん)もこれまで経験したことが無い人たちで固めた。“選挙慣れ”したアナウンスや名前の連呼は、有権者として聞いても興ざめであり、投票意欲を減退させるからだ。政策をじっくり語るテープも用意中だ。

さてさて、皆さん花見は大いに楽しんでいただきたいのだが、「えっ!選挙があったんだっけ・・・?」ということにならないよう、その点だけはよろしくお願いしたい。

2007年03月23日

事務所での情報の共有

今回、選挙事務所をどこにするか、事務局スタッフで話し合った結果、ちょっと西側に寄り過ぎている城山ではなく、市街地に近いところがいいという声が多かったので、以前事務所を構えていた京町会館の一階とした。ここの問題は駐車場の無さなのだが、来訪される方には、三の丸に駐車していただくなど、なんとかやりくりしていただいている。公共交通という点ではバス停は近いし、山鹿方面や玉名方面行きも頻繁に走っている。さて、候補者としては、自宅を起点に動いた方が効率的なので、事務所にボランティアに来てくださる方などへの対応はスタッフに任せつつ、京町には行けない日も多い。

そんな日曜の夜、日中の慌ただしさが去り、スタッフも皆帰ってしまってから、私は珍しく一人京町事務所に残って、公開質問状を書いたり、親書を書いたりして、かなり遅くまで残務整理をしていた。すると8時前くらいだっただろうか、ひょっこり幸山市長と私設秘書の濱本さんがやってこられ、ビックリ!ある集会の来賓挨拶の帰りに、京町会館の事務所の灯りがついていて、私の車があったので、寄ってみたとのことだった。私の顔を見るなり「ちょっとやつれてますね」と心配されたが、何のことはない、一日の終わりで化粧もはげつくしていたのだった。面目ない。(>_<)

市長からは選挙の情勢を尋ねられ、正直に「厳しいですよ。褒め殺しで、切り崩しに遭っています」と答えた。それからしばらく雑談。市長も私のブログを読んでおられるようで、「こうのとりのゆりかご」について国の対応やら何やら意見交換することができたのはよかった。それにしても幸山市長、安倍政権にはかなりお怒りというか呆れておられるようだった。「官僚主導はよくないが、あそこまで官僚がイニシアティブを持って行かれては・・・」つまり、国民の生活から乖離した言動が続く現政府の迷走を憂慮しておられたようだ。同感だ。首長としては、もちろん私たち以上に深刻に感じられるのだろう。今回の県議選でも、私は同じような認識に立ち、地方議会から国に良識を発信したいと訴えている。

さて、話は変わるが、日中、私は支持者廻りをしたりしているが、その間事務所で起こっていること、進めていることを確認し、そこに私の意見を反映させる手段として、事務局サイトを立ち上げている。ここでは私のスケジュールを分刻みで書き込んでいる「カレンダー」があり、テーマ毎に意見交換する「フォーラム(掲示板)」がある。また様々な文書やPDF資料を皆が共有する「ファイル置き場」も作ってある。平野事務所の場合、主要スタッフ10名ほどは、仕事しながらスタッフとして動いてくれている人たちが大半だ。皆、パソコンユーザーなので、いつでもネットで情報共有できるこの方法は大変有効だ。これまでの選挙とは違ったスタイルに、私もスタッフも、全体が見えると高評価を与えている。課題はそれを4月8日の結果に結びつけるということだ。

さて来週の今日はもう出発式。まだ行くべきところはたくさんあり、積み残しそうだが、焦らず、精一杯取り組むしかない。お時間がある方は是非、出発式にお出でいただきたい。

【平野みどり 出発式】

日時:3月30日(金)
 ★10時から
 場所:城山下代の平野宅駐車場(駐車場有ります)
 ★18時から
 場所:小松原公園(九品寺の労働会館と銀座橋の間)

2007年03月22日

母の老いに寄り添う

選挙活動で移動している昨日、実母から電話が入った。「胃が痛くてたまらない」と。先週、軽いストレス性潰瘍が認められ、服薬で治療しているところだが、まだ快復途中なので痛みがあるようだ。実は母は、8年前に脳梗塞を起こし、今要介護1だ。一緒に暮らす100歳になる祖母も要介護1だ。この祖母がスーパーおばあちゃんなのは、以前ここでも書いたことがあるが、いまだに頭は冴えきっているし、耳が遠く、足が不自由とはいえ、歩行器で室内を移動し、身辺自立は一応できている。

しかし、そこは100歳だから、無理をして転倒したりという具合に、判断におぼつかなさも出てきて、見守りが必要だ。ホームヘルプを毎日数回入れているとはいえ、こんな祖母と24時間暮らす母のストレスが小さくないことは容易に想像できる。母の胃がよくなるよう、ストレスを軽減するために生活環境を改善しようと親戚やケアマネージャーと相談中だ。

何しろ、頼りにしてきた叔母たちも、70代前後でこれ以上無理は言えない。従って、制度を使おうと考えるが、こちらも、要介護1の二人分の介護保険のサービスでは決して十分ではないことがよくわかる。二人とも、バリアフリーで暮らしやすい実家を離れたくないし、お互い支え合って生活していて、この生活を大きく変えることは、更にストレスや認知障害にも繋がりかねない。やはり手出しをして、ホームヘルプを増やしていくしかないようだ。介護保険は、年金が有る程度ある祖母や母はいいが、厳しい制度だなと思う。

それにしても、夫である私の父を、私が5歳、弟が2歳の時に亡くし頑張ってきた母が、今は子どものように私を頼って電話をしてきたりする。確かに選挙前で忙しいこの時期は勘弁して欲しいと一瞬思いつつも、私にできることは、忙しい中でも優先して行いたいと思う。親の老いに寄り添うということとは、こんなことなのかと改めて感じる。昔は、幼い私が母にこんな風に甘えていたのだなと思うと、なんとなく、母を愛おしく思う。

2007年03月21日

メールや電話に励まされ

企業の朝礼に出させていただいたりして、朝の時間が慌ただしさを増してきた。少し遠方の時は、朝食も摂らず駆け出すことも。今日は休日でもあり、朝礼もないし、ラッシュ狙いの朝の街頭演説もあまり効果がないかと、久しぶりに朝ゆっくりした。それでも9時半からは支援者への挨拶回りに出発だ。

ところでここのところ、毎日、知らない方たちからメールや電話を頂く。選挙も近いからだろうか、私のニュースなどを見て、日頃気になっていることなどについて、この際話しておこうと思われているようだ。たとえば、高齢の年金暮らしの方からの不安、具体的な障害を持つ子どもの進路相談、さくらカードが通勤・通学に使えない不満(熊本市の課題)、不安定な雇用の問題、中には県選出のM代議士の事務所費などに関する政治とお金の問題、等々。

98%(?)は相談や苦情方々、「応援しています。絶対当選してください!」と有り難い言葉をいただいているが、残り2%くらいは嫌がらせの電話も。恐らく、他候補の応援をしている方なのだろう。誰もがエキサイトしてくる時期なのだ。一応丁寧に答えつつ、無視することにしている。いちいち頭に来ていては、先に進まない。こういう非生産的な人たちはどこにもいるものだ。

それにしても、相談の電話やメールは、その後の対応を求められる場合もあり、少し選挙戦のスケジュール変更を余儀なくされる場合がありながらも、本当に励まされる。相変わらず、某党が我が物顔の熊本県議会で、時々“戦意”が失せそうになるが、こんな皆さんたちに支えられ、頼っていただいているということは、「平野みどり」の議席の存在意味を改めて感じる時だ。とにかく、ゴールを目指して頑張ろう!

2007年03月13日

こうのとりのゆりかご-その2

前回のブログに少し補足しておきたいことがある。この事業を始める慈恵病院が「赤ちゃんの命」を大切にする病院であることは重々承知している。“妊娠かっとう”にある人が、産みたくても育てられないという環境にあるのなら、それはこの「ゆりかご」以前の行政の対応をもっと充実させることも含め、“育てること”の支援はできていくだろう。

しかし、様々な理由で望まない妊娠をしてしまった女性に、「授かった命なのだから産むべきだ」とひとくくりにして出産を強いることはできないと思う。どんな命も中絶してはいけないという立場には私は立たない。もちろん、中絶が体や心に与える影響が大きいことも事実だ。ただ、若年の女性のその後の長い人生を考えたとき、中絶の時期を過ぎてしまったのならともかく、出産を強いることが最前の解決策だとは、私には思えない。

また、「ゆりかご」で預かった子どもが、地元の里親での養育ではなく、他県の組織にすぐに特別養子に移されるとすれば、それにも違和感を持つ。また、「ゆりかご」の子どもたちが、いつか父や母を知りたいと思った時に、もしその手がかりがあるとするならば、それは行政が持っておき、然るべき手段と判断で公開すべきだと思う。だから一民間病院にイニシアティブを持たせるのではなく、行政がしっかりと関与する立場を明確にし、子どもの未来に責任を持つことが大事だ。

決して、この「ゆりかご」を、女性の危険や苦しみは「女性がやったことの結果責任だ」として、一方の当事者である男性を免責するシステムにはしたくない。もっと両性の責任を論議すべきだと思う。「ゆりかご」はあくまで、乳児が虐待されたり、捨てられて命を落とすことを回避する手段の一つでしかないことを認識したい。殺されてしまう子どもが少なくなると同時に、この「ゆりかご」が利用されることもあまりない社会になることが何より望ましいのだから。

さて、クリスチャントウデイというホームページに、 2006年11月9日付けで、下記のタイトルで記事が掲載されていたが、私の思いや意図とのズレを感じる。「こうのとりのゆりかご」を否定するものではないが、気になったので私なりの考えを補足した。

「慈恵病院、『赤ちゃんポスト』設置へ 産み捨て・中絶防止ねらい」
http://www.christiantoday.co.jp/mission-news-464.html

2007年03月09日

「こうのとりのゆりかご」だけでは終わらない

熊本市の慈恵病院が設置を計画している「こうのとりのゆりかご」について、市、国、県の見解が出揃った。出揃ってからこのブログに私の見解を書こうというつもりではなかったが、たまたま後延ばしになってしまった。

子どもの命を守るということで、最後の手段であるこの取組みは、ドイツのハンブルグから始まり、更に周辺国にも広がった。いずれは日本でも始まるだろうと予想していた。結論から言えば、私は、「こうのとりのゆりかご」の設置は致し方ないと考える。

マスコミが使っている「赤ちゃんポスト」という名称に、安倍首相は抵抗感があるという。確かに私もこの表現は不適当だと思うので使わないが、「こうのとりのゆりかご」自体は、温度管理や見守りも徹底して行われるわけで、赤ちゃんが決して物のように置かれるわけではないようだ。

社会の中では、様々な事情で子どもを育てられないケースがある。首相には、ご自分の家族観や子育て観はさておき、ギリギリの選択を迫られている人たちに、思いを馳せて発言していただきたい。捨て子や育児放棄を助長するという指摘は当たらないし、現在の児童虐待や子殺しの実態からすれば、命を救う手段の一つとして、認めざるを得ないはずだ。

それにしても折角、厚労省の辻事務次官(会ったことがあるが誠実そうな人だった)が、前向きな見解を出しているのに、政府のトップ(柳澤厚労大臣も含め)が相次いで消極的な発言をするようでは、事務方もやりにくいのではないか。様子見という態度はいただけない。
さて、「こうのとりのゆりかご」には基本的には否定しないのだが、いくつか気になることがあるので挙げてみたい。

1. あずけられた赤ちゃんのその後はどうなるのか。慈恵病院はどこよりも先に、児童相談所に連絡すると思うが、ケースバイケースではあるものの、できるだけ早く、児童相談所は、里親とマッチングさせるなり、新しい家族や家庭を作ってあげて欲しい。熊本県の里親制度は、他県に比べて進んでいないと聞く。育ててもいいという親はいつまでもウェイティングリストに載ったままだ。良識ある里親ならば、子どもの育ちには施設より家庭がいいに決まっている。

2. 潮谷知事の議会答弁にもあったように、本来は深刻な状況の親が頼るべきは児童相談所や女性相談窓口のはずだ。それが十分機能していないことや、その存在の周知が極一般の市民へ徹底されていないことの現れが、今回の「こうのとりのゆりかご」だ。児童相談所も、複雑化、専門化、そして多忙化していることは承知しているが、これまでの在り方を見直し、必要なら更なる増員をして、体制の再構築を急がなくてはならない。「ゆりかご→児相→施設」を増やすだけではだめだ。

3.一連の事業についての報道や議論を見ていて、違和感を覚えるのは、望まない妊娠・出産をした女性と同時に、そういう状況を作った男性の存在が見えないことだ。「子どもをどうするか」というギリギリの判断は女性だけに押しつけられ、首相のような感覚の人たちは「子どもを捨てるなんて」と母親だけを責め立てる。「男の責任はどうした!」と声を大にして問いたい。そして、望まない妊娠を防ぐための、身勝手な大人にならないための、「男女が対等であることを基本にした性教育」をもっと徹底して行うべきだと思う。

過去何件か、中学生や高校生が子どもを産んだケースについて私の耳にも入ってきた。中絶が可能な時期を超えた場合、出産して、施設で育ててもらっているケースもある。あるいは、すぐに養子縁組をしたケースもある。いずれにしても、生まれた子どもに罪はなく、幸せに生きる権利がある。「こうのとりのゆりかご」に預けられるケースが少ないことが本来は望ましいが、殺されるよりは遙かにましだ。ただ本来は、身体的にも、精神的にも、経済的にも、親になれる環境が整ってから、子どもを産み育てる人たちが多くなるように、私たちは課題解決に真剣に取り組んでいかなければならない。事は、「ゆりかご」だけの話ではない。

2007年03月06日

暴言で台無し、議会を何だと思っているの?

「議長、休憩!」の声で、6日の一般質問は休止となった。7期目で勇退する自民党の八浪議員の最後の質問での出来事だ。いつもの彼の「南京大虐殺はなかった」という持論に同意するのかを、潮谷知事に迫るその態度は失礼極まりなかった。もちろん知事は「研究が深まっていくはずだから、その後確定していくだろう」という当然の答弁だったが、八浪氏はそれでは収まらない。何と3回目の再質問となったところで、休憩と相成った。

議場に相応しくない発言の数々に呆れかえるのは、今回が初めてではないが、年を重ねる毎にエスカレートしていく主張や態度には、腹立たしさと同時に、一抹の哀れみすら感じた。昨年、お連れ合いを亡くし、もう彼の持論とそれを共有する一部の人たちだけが、今の八浪県議を支えているのだろうか、と。

議会はそれぞれが主張し合う場であるから、彼の発言を制止するということは、本来はあってはならない。しかし、県議会という場である以上、最低限の品位と常識は求められる。「文科省や国会議員のバカどもが!」と感情むき出しは聞くに耐えない。しかし何より私が不快だったのは、知事に問い質す際、「恫喝」という態度に出たことだ。潮谷知事が男性だったら、あんな態度だっただろうか。しかも、熊本県出身でないことを揶揄するような発言もあった。全く恥ずかしい。

熊本出身者による第六師団が南京での虐殺行為に加担していたか否かは別として、熊本県民が皆、八浪県議と同じ考えであるわけではない。虐殺された中国人の数に多少誤差があったとしても、南京で日本軍による非道がなされたことは多くの資料や、当時現地にいた外国人の証言からも明らかだ。それも“私”の主張であり、八浪県議とは永久に平行線だろうが。

中国や韓国についての「うそつき」発言も、両国に失礼極まりないが、大騒ぎすると返って、氏を喜ばせるだけのような気もするので、今後大きな問題にならないことを祈りたい。一連の事態を、議会としてどう収拾するのかは、まだ結論は出ていない。

それにしても、先日の第一高校の卒業式でも、議長挨拶は読みもせず、八浪県議は同じ主張を、卒業式での挨拶で展開したそうで、保護者の方から苦情のメールをいただいた。なるほど卒業生が可哀想・・・。

2007年03月05日

政治と金

政治と金にまつわる記事が、連日各紙に躍っている。統一自治体選挙を前に、今こそ、旧態依然とした“公金感覚”を質しておかなければというジャーナリズムなりの危機感の現れだろう。かなり各地で調査がなされているようだ。我が熊本県議会の、全国最高の開期中の交通費を始め、様々実態が明らかになってきている。

私たち県民クラブは、先日、公明党と協同で政務調査費の使途の透明化、費用弁償の見直しを含む要望書を県議会議長に提出した。政務調査費の情報公開については、毎年要望し続けている。しかし、率直に言って今回も、議長には、今こそ改革しておかなければという危機感は感じられなかった。議会というところは、長年に亘り、生活者感覚からほど遠い意思で動いてきた。そして、議員に、仕事で”お世話”になってきた団体や企業が存在したことも事実で、そこには常に不透明な決定が見え隠れしていた。そのことも含め、どんなに抜本的な改革を私たちが求めても、悔しいことだがいつも先送りにされてきた。

しかし今回こそは、血税を注いでいる県民の目を、徹底して議会に向けて頂きたい。もちろん、領収証の全面公開になれば、議員それぞれがどんな企業や団体との関わりがあるのかなど、他の議員に知られたくない情報なども公表され、不都合もあるかもしれないが、公金の使途である以上致し方ない。

この際、マスコミの力も借りながら、政治と金に関する不透明で釈然としない実態を明らかにし、外野から“熊本県議会もいい加減に変わらないかん!”という世論を作っていきたい。さもなければ、今の県議会は“他県を見ながら”とか、“改選後の議会で”などと、悠長な言い訳に終始しそうなのだ。私たちも、厳しい世論の後押しを得て、今議会中の要望書への対応を求めていきたい。

2007年03月02日

劇的に変わりつつあるソウルの街!

明日、「人にやさしいまちづくり ソウル - くまもと」が開催される。この基調講演とシンポジウム、かなりおもしろそうなので、是非多くの皆さんにご参加いただきたい。

車いすやベビーカーを見かけることもほとんどなかった、以前のソウルの街。地下鉄へのエレベーターはなく、バリアフリーとはほど遠いと感じられたのは1999年頃。ところが近年、急速に街の環境が整備されてきて、国内でも「やさしいまちづくり」が進んできた。今では、大阪圏を超えたのではないかと感じられるほどだ。

このままでは、交通のバリアフリーについて、日本は「発展途上」にもあたらない「後進国」になってしまうのも時間の問題かもしれない。今回のシンポジウムでは、これまで伝えられる機会の少なかった隣国韓國での変化を紹介し、どのように街の環境やバリアフリーの整備が進められ、料金制度なども含めたいくつかの仕組みが導入されたのか学ぶことが出来る。

また、同じアジアに住む両国のしょうがい当事者の視点で「やさしいまちづくり」を考え、当事者の権利や制度を作っていく上での問題を共有する機会になることを期待している。

夕べは、熊本に着いたばかりの講演者の申漣植(シン・ヨンシク)さんと鄭鉉靜(チョン・ヒョンジョン)とお会いした。彼らは、首都圏大学と埼玉大学で、交通問題について研究した方たちで、まさに、今のソウルの交通システムやバリアフリーの実践者として活躍なさっている。明日の講演は、日本語の達者なお二人に加え、当事者でバリアフリー活動をなさっている裵隆昊(ペ・ユンホ)さんの報告も楽しみだ。ビデオや写真がたくさん紹介されるので、厭きることがない、刺激的なシンポジウムになりそうだ。

「人にやさしいまちづくり ソウル - くまもと」
日時:3月3日(土)13:00~17:00
会場:熊本市役所14階ホール
主催:バリアフリーデザイン研究会
人にやさしいまちづくりアドバイザー養成講座実行委員会
   
協賛:熊本市
後援:熊本県 熊本市
    熊本県社会福祉協議会 熊本市社会福祉協議会
   NHK RKK TKU KKT KAB JCN熊本 FMK FM791

2007年03月01日

徹底した入札改革を

知事など、自治体のトップを巻き込んだ全国的な談合事件が発覚後、長年に亘り、日本社会に横たわってきた入札の不透明性を、今回こそは徹底改革しなければならないという、国民の厳しい声が湧き上がってきている。「税金の公平で無駄のない使い途」こそが、何より優先であって、体質がよろしくない企業も含めて、公共事業に群がり続けてもらっては、真の地域の活力につながるはずがない。むしろ、他県に比べて建設業関連企業があまりに多い本県は、産業構造改革を急がなくてはならない。

県も一般競争入札を拡大し、1億円以上の土木・建築工事の平均落札率は10%ほど改善されつつある。しかし、未だに指名競争入札をとっている1億円未満の平均落札率は、95・71%と依然高く、県工事全体の平均落札率は93・59%と、わずかな改善しか出来ていない。

そんな中、2月27日、2月県議会本会議では、H18年度の補正予算等の先議分の採決と、自民党から提出された「官製談合の根絶と入札改革に関する決議」の採決が行われた。通常、H19年度の当初予算を審議後採決する、後議の本会議で、他の意見書等と一緒に出されるのならわからなくもないが、“何故先議分の採決と同時に決議?”と疑問を持たせる提案だ。「選挙前に、建設業界の首を絞めかねない入札改革は、ほどほどにしておけ」という思惑が透けて見える。

この決議には、県民クラブ、公明党、新社会党、共産党、それに無所属では福島県議は「反対」し、自民党と福島県議以外の無所属の県議たちは皆、「賛成」した。ちなみに、県民クラブとしては、代表質問でも取り上げるので反対討論をしなかったが、提案した自民党はともかく、自民党以外の無所属の皆さんこそ、賛成討論をなさればよかったのではないだろうか。

さて、なるほど表題だけ読むと、「自民党も、いよいよここまで頭を変える段階に入ったか」と思わせるものだが、内容を読み進めると受け入れがたい意図が盛り込まれている。彼らが懸念するように、公共工事に依存してきた地域経済が、今回の制度改革で、一時的には混乱するかもしれない。しかし、長年に亘り、改革に着手してこなかったからこそ、建設業界と行政が絡み合う官製談合の温床や職員の天下りのシステムが存在し続けたのであり、ここに徹底的にメスを入れることは、長い目で見れば必ず健全な、業界再編に繋がるはずだ。過去はともかく、今後も変わらないとすれば、本県職員も、いつ「他県の幹部のように手にお縄」にならないとも限らない。

私は、これまで一般質問でも取り上げてきた「入札に関する総合評価方式」、つまり価格以外の要素も含めた総合的な観点から判断して契約相手を選択する方法だが、これを徹底して採用していくべきだと思う。価格で叩き続ければ、確かに小さな企業は不利だ。しかし、企業の社会的価値としての環境、福祉、男女共同参画、公正労働など、“小さいなりに”努力している場合は、しっかりと評価し育成していく必要がある。まさに、「価格入札から政策入札へ」の方向だ。いずれにしても、異常なほど、口利き防止に消極的で、建設業に繋がりを持つ議員が大勢を占める県議会の在り方を大きく左右する入札改革は、今回ばかりは更に徹底して進めるべきだと考える。


お問い合わせ 平野みどり事務所 860-0066 熊本市城山下代4-7-28 
電話:096-319-4080 ファックス:096-319-4081
Eメール:info@hiranomidori.net  ホームページ:http://www.hiranomidori.net/
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