トップページおしらせブログ活動報告議会報告政策プロフィール事務局お問合せ
 

ブログ トップ>2007年05月

2007年05月29日

松岡大臣の悲報に思う

昨日このブログで緑資源や松岡農水大臣について取り上げていたが、その数時間後思いもよらない訃報が全国を駆け回った。こんな幕引きとは・・・、一瞬絶句した。松岡氏は連日、自らの政治活動について国会で厳しく追及されていたが、談合疑惑による地検の捜査が地元である阿蘇にも及ぶにつけ、恐らく捜査が自分自身に及ぶのも時間の問題だと察知していたのだろう。あそこまで報道等で実態が明らかになれば、当然、一端辞任して、彼自身も政治家人生の仕切直しが出来たはずだ。しかし叶えられなかった。

そもそも安倍政権が誕生し、松岡氏を大臣に、それも彼がフィールドとしてきた農林水産の大臣に任命した判断に、当時疑問を持ったのだが、それがこういう形として現れた。この人事は、安倍首相の総裁選への論功行賞だと指摘されていたが、政権の継続には大きな不安を感じさせていた。そして参院選が近づくにつれて、これ以上の閣僚の引責辞任は得策でないという安倍首相の判断が、更に松岡氏を追いつめ、戦後初めての現職閣僚の自殺という結果を招いてしまった。

今回の悲劇から私たちが学ぶべきは、今度こそ「政官業の癒着を根絶していく」という強い意志を国民の中で共有していくことではないだろうか。松岡氏が自らの命を絶って、幕引きではない。まだ多くの政治家が松岡氏と同様の癒着のネットワークの中にいる。むしろ彼の死にしっかりと向かい合い、国民の中にある国会・地方議会を含めた「政治と金の闇」を根絶していくことに、私たち政治に関わる者は真剣に取り組まなければならない。国民、県民の皆さんは、是非そのことが進んでいくように後押ししていただきたい。

松岡利勝さんのご冥福を心からお祈りしたい。

2007年05月28日

「緑」は怒っている!

誕生日が6月の私の名前は、新緑の季節からつけられたと聞く。もうしばらくすると、水田も目にやさしい早苗の緑でいっぱいになるが、私はこのエコロジカルな「みどり」という名前を結構気に入っている。

さて地球温暖化が進む中、二酸化炭素の排出抑制は急がなければいけない課題だが、その二酸化炭素を酸素に変えてくれる森の力、緑の力を増大させていくことも極めて重要だ。そしてこれは地球的規模の問題でもある。

したがって、緑を守り育てる、森林を再生させることに疑問を持つ人は誰一人いないだろう。そこには年々税金も投入されているし、熊本県では「水とみどりの森づくり税」も創設され県民の理解と貢献を求めている。そんな中、私たちの「みどり」を大切にしたいという思いを根本からズタズタに裏切るような事件が発覚した。

言うまでもなく、農水省所管の「緑資源機構」を舞台にした官製談合問題だ。林野行政のキャリアOBを始めとした天下り組が、林道整備事業などに「天の声」による特定の業者への発注を促し、受注した業者からは林野属といわれる本県選出の松岡農水大臣の資金管理団体などへ献金が流れていた事実が発覚した。本県では阿蘇方面を舞台にした談合がらみの事業について報道されているが、長年に亘り、口利きと利益誘導の仕組みが巧みに構築されていた。

表にこそ出てこなかったが林野行政に関わるダーティーな噂は公然と語られてきた。しかしここに来てやっと実態が白日の下に晒されることになった。今こそすべての“膿”を出さなくてはならない。松岡農水大臣については、その注目度は全国区だ。私のところにも他県の友人からメールや電話が届く。「地元熊本の人たちは松岡氏を恥ずかしく思わないのか?」

そんな訳はない。どんなに官僚に“すごみ”を効かせて首を縦に振らせる“力のある”議員として、首長さんを始め一部の皆さんが頼もしいと思う人物であっても、その裏では官僚に天下り先を準備し、2度も3度も退職金という名の税金を受け取らせ、彼らが発注した公共工事を受注した業者から、更にそれを献金として環流させる仕組みを作っていたのだ。その上での“すごみ”だった。多くの県民はあきれ、もうだまされないという思いだ。

さわやかな「みどり」のイメージが、灰色から黒へと変色していくことに怒りを感じる。この怒りを参議院選挙で表していきたい。このまま自民党が勝ってしまえば、熊本県民は何をしているのか!と、非難が集中することは目に見えている。全国が注目している選挙区だ。

2007年05月27日

高校再編の論議は不十分

高校再編第二次素案が、先の教育委員会で了承された。今の教育委員会は形骸化していてよほどのことがない限り、事務方が出してきた議案を否決したり継続したりしないようだ。教育委員会が本来果たすべき役割とは一体何なのか、疑問は深まる。

さて、熊本県全体のこれからの地域作り、人作りにも大きな影響を及ぼす高校再編であるが、第二次素案では学区を全県一区にする時期に猶予を持たせる程度の見直しで、統廃合は以前の案の通り進めることとなっている。この内容やこれまでの県教委の議論進め方に未だに納得がいかないという自治体、保護者、同窓会は、反対の声を強めている。6月県議会でも引き続き議論になりそうだ。

少子化で生徒の数が激減しており、何らかの再編成が必要だということは理解できるが、一方、そのことも含め地域で学び育つ意味の問い直しは十分ではない。同窓生、保護者、首長など行政関係の皆さんまでが、地域横断的に根強い疑問を訴えているが、それを何とかやり過ごそうというのでは解決には至らない。ましてや、一線の現場からのボトムアップの声は重要なのだが、疑問を投げかける教職員の声や動きを封じ込めるのは得策ではないし民主的でない。

政府が進めている地方分権は言葉とは裏腹に、小さい自治体が力を失い疲弊させられていく二極化の分権だと言われても仕方がない。ただ教育もその流れの中に添っていくしかないとは思いたくない。何とか「最も負担が少なく、将来の地域再生の道を閉ざさない着地点」を関係者が見つけられるよう歩み寄っていけないものだろうか。とにかく6月県議会に向けて関係者の声を聞き続けていきたい。

2007年05月23日

パワーハラスメントは犯罪

選挙から一月以上が経つ。春先からどうにも気力が上向かないのは気象のせいもあるだろう。胸一杯に取り込みたい空気に、大陸からの汚染物質が含まれていると聞けば、思わず口をつぐんでしまう。私が子どもの頃には、首都圏や工業地帯で出されていた“光化学スモッグ”注意報だが、今は熊本市内でも出される。迷惑を被っている韓国や日本は、今後も調査をしっかり進め、データに基づいてきちんと中国に環境改善を求めていかなければならない。日本の中でも大陸に一番近い九州で体調が悪い人が増えなければいいのだが。

さて環境汚染のように、この国に蔓延しているのが、弱い者いじめの風土・風潮だ。特に格差社会や競争社会が行財政改革の中で厳しさを増してくるにつれ、社会全体が殺伐としてきた。そこにつけ込むように、様々な劣悪でおぞましいネット情報が浸透してきて、他者や自分への否定や暴力として形を表してきている。

本来は明るく楽しいはずの子どもの世界も病んでいる。いじめが原因で自殺する子どもが後を絶たない。無意識のうちのいじめのターゲット探しが日常化しているようだ。自分がターゲットにならないように加害者になる、あるいは加害者側に加わっていく子どもたち。子どものサインを見過ごしてしまう学校関係者を一概に責められない。朝から晩まで、子どもと向き合う時間がとれないほど業務が多忙化していると、こちらからも悲鳴が聞こえてくる。

しかし命を落とすまで追いつめられていく異常な事態の中、これ以上被害者を作ってはならないことは言うまでもないし、また加害者を作ってもいけない。お互いが安心して学び育ち合う環境を作るには多様性について学ぶことが大切であるし、勉強やスポーツ以外でも評価し尊重できる何かをそれぞれに見つけ合うことが大切だ。

同じようなことが職場についても言える。私のところに届く県職員や教職員からの声には、単に仕事が進めやすい環境や良好な人間関係のある職場を求める声だけでなく、もはや精神の安定を保てないほど追いつめられているというケースも少なくない。

前述の厳しさを増す日本社会の現状が、業務遂行にも影響している。時間との闘い、予算との闘いに、上から下まで余裕がないようだ。勢い、そのストレスは弱い人に向かう。ターゲット探しが無意識のうちに進む。それに周囲が気づいても、自分自身を守るのに精一杯で他者を思いやる余裕のない風潮も蔓延っているようだ。

私はそのことに危機感を持ち、昨年11月定例県議会でパワーハラスメントについて質問した。今年度からパワーハラスメントの防止が職員研修に加わったようだ。その点については一歩前進だと評価したい。しかしどれだけの管理職が「ひょっとして自分もパワーハラスメントをしているのかもしれない」という意識を持っているのかが大いに疑問だ。他人事だと思っている人が多いのではないか。むしろ問題がある職場の管理職ほど、無自覚なのではないか。いくらその管理職が上司から評価され、よく思われていても、部下へのしわ寄せの上に成り立っている評価なら何の価値もない。そして職員がそのしわ寄せの犠牲を強いられるのならたまったのもではない。

たった一度の人生の平均40年近くを過ごす職場だ。管理職の皆さんには、“人間として”常に自分の言動が一般社会でどうなのか、常に自らに問い続けながら感覚を研ぎ澄ましてほしい。またきついかもしれないが、一般職員の皆さんにも“明日は我が身”でターゲットにならないことだけに腐心するのではなく、苦しそうな人を支え、理不尽な上司の言動には声をあげる勇気も期待したい。そうでなければ、職員個人個人の力は活かされことなく、組織全体の力も衰え続けていくのではないか。是非、知事にもそのことを真剣にお考えいただきたい。

2007年05月19日

「こうのとり」には冷静な対応を

昨日、年2回開催されている幸山政治史市長の女性の会「幸の会」に参加してきた。8回目となる会は、最も参加者が多かったそうだ。益々幸山市長を支える輪は大きくなっている。昼食をとりながらの会は温かい雰囲気に包まれていた。余興の幸山さんのお琴初挑戦では、演奏用の爪が飛ぶハプニングで会場大爆笑。でもなかなかしっかりした音が出ていたので、これからも続けれて、築城四百年のイベントで一曲演奏なさったらどうだろう。(^o^)v

さて、市長は挨拶の中で、今最も注目を集めている「こうのとりのゆりかご」についても言及された。賛否両論はあるが、命を守るという取り組みとご理解いただきたいとのことだった。私自身の見解や懸念については、3月9日と13日の二回にわたりこのブログで紹介した。その時の心配については、ゆりかご前夜の課題として、様々な機関も取り組んできていたので、一応安心していた。

その後、開設初日に3歳の男の子が預けられたとセンセーショナルに報道された。情報公開については私のブログでも、「重要であり、子どもが将来実の親を捜したいと思った時、その権利は奪ってはいけない」と言及した。だが、今回の過剰なマスコミの取り上げ方には少々違和感がある。ましてや、安倍首相を始めとする政府関係者が、どこから出たがか定かでない今回の情報に、「遺憾である」、「遺棄を助長する」との発言を繰り返していることには、国政と地方の大きな現実感のギャップを感じざるを得ない。情報公開は「子どもの幸福や権利」を妨げないように、しかるべき時期や方法で行われなければならないことを改めて確認したい。

遺棄にあたるかだが、県警察は、こうのとりのゆりかごに子どもを託すことは遺棄にはあたらないとしている。産み落とされてすぐに命を奪われるとか、親子心中の道づれにされるなど、今でも相次いでこの手の事件が報道されている。こうのとりのゆりかごまでたどり着いた親は、様々な個別の事情を抱えながらも「何とか命を守ってほしい」という最後の行動に出たのだろう。私たちはひどい親だと非難する前に、彼らの思いに寄り添って、子どもの未来に責任を共有していきたいものだ。

それにしても、児童相談所や各種相談機関は、行政にありがちな指導的な接し方ではなかったかなど、これまでの敷居の高さを反省する必要がある。一方、被虐待児の保護などには毅然として取り組むことも求められる。場面、場面での対応は決して容易ではないが、どんな親であれ安心して話してもらえるにはどうしたらよいか、その在り方や職員のスキルアップ、増員などは適切かなど、改善というより思い切った改革を進めていかなければならない。

昨年私は一般質問で、熊本市でも設置できる児童相談所や配偶者暴力相談支援センターの設置に向けて、県も支援を進めるべきだと質問したのだが、ちょうど、熊本市議会でも同じ主旨で東すみよ市議が質問していただいた。その後、熊本市も児相の設置を検討し始めた。今回の「ゆりかご」設置で、熊本県と熊本市、両行政機関の子どもや女性についての更なる取り組みの必要性が露呈した。全国が注目している中なので、他県をリードする体制の充実に向けて、議会からも声をあげ続けていきたい。

2007年05月14日

独善を許さない県民の声を

臨時議会が終わり、平成19年度の熊本県議会でのポストが決まった。自民党はこれまで通り正副議長及び6つある常任委員会の正副委員長、すべてのポストを独占した。改選前の九州各県の状況を調べると、このような対応は熊本県だけであり、他の7県では全体的には自民党が占めるポスト数が多いものの、第二会派以下に按分されている。 国会でもあり得ない第二会派を全く無視する姿勢は“暴挙”以外の何ものでもない。こんな認識では時代から大きく取り残されていく。しかしそんな危機感は自民党県議団の中では恐ろしいほど希薄だ。

改選後、熊本県は全国で最も平均年齢の低い“若く清新な県議会”になったそうだが、多くの自民系新人議員がいい意味で若さや清新さを発揮しようにも、中堅以上がこの程度で、更に新人諸氏に同じ意識を刷り込んでいくならば、彼らに未来はない。他の会派と一緒に、待ったなしの山積する地方の課題を共に解決していこうとする姿勢が全く感じられない。誤解の無いように言っておくが、私たちは何もポストが欲しいわけではない。このような状況の中で見えてくる彼らの奢(おご)りと時代を見極められない危うさが、県民全体の利益に繋がらないことを指摘し続けている。

12日には、臨時議会後に民主・県民クラブと公明党と新社会党で政務調査費等の問題についても議長に以下3点を申し入れた。
1)政務調査費の透明性を高めるための領収書添付の義務化
2)議会または委員会出席時の費用弁償制度の廃止と交通費等の実費支給化
3)海外視察の当面の凍結化
これらについては、村上議長と馬場議長は前向きに検討すると答えた。全国的にも不適切な事例が報道されており、尚かつ熊本県は最も遠方の議員の費用弁償が全国一高い県と指摘されており、さすがに見直さざるを得ない状況との認識だろう。海外視察は私自身も経験しており、内容如何では意味が大きい視察もあると思うが、自民党の議員たちの視察内容を聞くと、「そんな視察なら自費で行っていただきたい」と思うケースもある。何より、財政難の時期だけに自粛は当然だろう。どうしても議員として行く必要があるのなら政務調査費を充てればよい。

さて、民主・県民クラブはこんな熊本県議会において、とにかく正論と筋を通す会派でありたい。対自民とか反自民というくくりだけで、私たちが行動しているという見方もあるだろう。確かに、政治的な足場の違いはある。しかし、そもそも中央も含め地方議会でも、自民党という集団は、市井の人々の良識や常識から離れていると思える。議員バッジをちらつかせて「お願いされる立場」に身を置いて心地よかった彼らの時代は終わった。県民と同じ目線で、謙虚に耳を傾け、汗をかく議員しか必要ない。「改革へ意欲が沸々と湧いてくる・・・!!」という幕開けではないのだが、こんなでたらめな政治状況は長くは続かない(絶対そうだ!)と確信し、良識ある人々と連帯し続けたい。

2007年05月10日

親指が元気になりました!

只今、私の右手は包帯ぐるぐる巻きだ。お陰で車いすの操作に少々難儀している。実は一昨日、右手親指の腱鞘炎の手術を受けた。傷口は1cmほどらしく(見てない!)、局所麻酔による入院の必要のない30分程の手術だったが、意識がある状態で手術室で寝かされるのはあまり気持ちいいものではなかった。

3月上旬から親指の付け根に鈍い痛みがあり、そのうちに第一関節を曲げる時に痛みが生じ、カクンという音がするようになった。選挙が終わるまで湿布をしたりしていたが、以前勤務していた熊本機能病院の「手の権威」中島英親先生に診ていただき、腱鞘炎と診断された。その症状からバネ指とか弾発指とも呼ばれる。

そもそもどういう状態で私の右手がこうなったかだが、恐らく長年の車いす操作による両親指への負担からだろう。手全体で操作するようにすればよいのだが、車いすのグリップとタイヤの間を狭くしてよりコンパクトに設計していたことによるようだ。これからは車いすの仕様や操作のやり方を工夫をしようと思う。

手術は固く収縮した腱鞘の一部切って神経を通りやすくするといった、手の手術では最も一般的で簡単な手術だそうだ。痛みが出始めた頃から、いろんな人に話すと「バネ指ていうとたい」とか「私も切ったよ」とか、情報が次々に入ってきて心強かった。

さて、一昨日は麻酔が切れ始める頃、傷口がズキズキしていたが、昨日や今日は痛みもこわばりもとれ、キーボード操作にも支障が無いほどに回復した。車の運転も再開している。とにかく、私の場合、手が足の代わりをして早19年目に入るので、「屈強な上肢」だから大丈夫と決め込んでいた考えを改め、マッサージやストレッチなども行い、これからは労ってやりたいと思う。

明日は、熊本県議会の臨時議会の最終日。採決での挙手は、要らぬ心配を皆さんにさせないよう、左手で行うことにしようっと。


お問い合わせ 平野みどり事務所 860-0066 熊本市城山下代4-7-28 
電話:096-319-4080 ファックス:096-319-4081
Eメール:info@hiranomidori.net  ホームページ:http://www.hiranomidori.net/
Powered by Movable Type 3.2-ja-2