トップページおしらせブログ活動報告議会報告政策プロフィール事務局お問合せ
 

ブログ トップ>2007年08月

2007年08月30日

政務調査費等検討委員会が始動

9月議会から、政務調査費等検討委員会が本格スタートする。参院選でも「政治とカネ」の問題は争点の一つだったが、本来、議会活動、政務調査活動に使われるべき政務調査費だが、各地の地方議会でも不適切な使途が発覚している中、他県に比べ様々な意味で改革がなかなか進まない熊本県議会であっても、さすがに透明性を図ろうという流れになってきた。喜ばしいことだ。併せて、費用弁償、海外視察の在り方についても議論していく。民主・県民クラブからは、この委員会に平野と鎌田県議が参加している。

私はこれまで一貫して、1円以上の支出に関して領収書の添付は必要であり、更には公金である以上、使途の情報公開も当たり前であることを主張してきた。費用弁償については、つい先日、熊本市議会で、これまでの一律1日8,000円から、5,000円-7,000円の範囲で支給と決めたようだ。あんまり変わっていない。交通費にこれだけかかるとは考えにくいが、皆さんタクシーで往復なさっているのだろうか。もちろん高齢の議員とか運転をなさらない方はいらっしゃるにしても、領収書による実費支給にすればよい。どうも今回の熊本市議会の判断には納得がいかない。

熊本県議会の場合、熊本市議会とは違って、県全域から議員が選ばれているという違いがある。従って、交通費だけでなく、別途宿泊代や高速代などがかかる人もいる。また道が整備されているので、宿泊せず帰宅する人もいる。現在最も遠方の議員には一律36,000円/1日が支給されている。ちなみに熊本市内の議員には12,000円だ。熊本市議会より非合理的金額だ。市内であろうが、市外からであろうが、交通費など必要な経費はすべて実費支給にすればよい。議員報酬とは別に支給される議会開会中の経費。これまでの費用規定は大づかみであり、第二の議員報酬、議員優遇と見られても仕方ない。県民の納税者感覚に合致する見直しを速やかに進めたい。

9月から議論をスタートさせ、年内、あるいは遅くても今年度末までに見直しを済ませ、来年度からそれを反映させる予定であると、議長から説明を受けた。ただ方向性は見えているので、議論を集中させ、経費節減につながることは年度途中からでも実現させていってもいいのではないだろうか。

2007年08月29日

会派で八代を視察

民主・県民クラブとしてスタートしてから、5ヶ月が過ぎようとしている。7名7様に、それぞれのスタイルで政治活動をしているわけだが、ある意味個性が出ていてよいと思う。それでも会派なので、県政課題を見つめる方向や感性は出来るだけ近くあった方が、運営はやりやすいし、県民からもわかりやすい。そのためには、共に学ぶ機会をできるだけ多く創っていくことが大切で、それが幹事長としての私の役割だと思っている。

改選後の6月県議会中には、高校再編について、関係団体に話しを聞いたり、蘇陽高校を訪れたりと、できるだけ共に行動してきた。そして先週の月曜日には、八代地域に足を延ばした。視察と勉強会の目的地は1)遺伝子組み換えナタネの自生について、2)とら太の会による保育、放課後育成クラブ、障害者通所事業の視察、3)八代港港湾事業について。それぞれ説明を受け、意見交換し、見学させていただいた。

とら太の会は、私の提案だった。代表の山下順子さんは、長年八代で障害を持つ子どもと家族を支援し、「共に生きる」を実践してきた方だ。山下さんの実践には、行政も他県の福祉関係者も注目してきていて、多くの研修や視察なども受け入れておられる。健軍くらしささえ愛工房を作るにあたって、県は何度も山下さんに話を聞き、見学に来たそうだ。県費で作られた立派な健軍くらしささえ愛工房とはかなり異なり、施設は手狭で人がひしめき合っているが、水浴びをしている子どもたち(無認可保育施設も併設)が元気に、「こんにちは~!」と出迎えてくれ、物怖じせずに県議の“おじさん・おばさん(ウーン・・・)”に“お話ししてくれる。子どもたちの「ここは楽しいよ!」というメッセージがびんびん伝わってくる。殆ど手弁当で活動を続けている山下さんのモチベーションは、こんな子どもたち、障害を持つ人たちの笑顔や安堵の表情だろう。

さて、障害者自立支援法施行後、とら太の会の小規模作業所みのりは、「地域活動支援センターみのり」として八代市から委託を受けた。どこの事業所もこれからを模索しているが、様々な点から検討し、「みのり」は就労継続支援事業B型へ移行する予定だ。精神障害や知的障害の皆さんは、その日の体調等で通えない日もあるし、利用者による利用料の負担もあり、常に利用者を一定数以上に保つことは大変だろう。私が活動しているヒューマンネットワーク熊本は、地域活動支援センターⅠ型として、今後活動を展開していく予定だ。その要件を満たすため、事務所の移転も近々行う。

厚労省は自らの見込みの甘さが要因であることは反省することもなく、支援費制度で300億円足りないと大騒ぎし、行財政改革に乗って障害者自立支援法を断行してきた。しかしすぐに予想通り破綻が見えてきた。そして、参院選を通じて民主党は、障害者自立支援法の見直しを強く主張していた。既に動き出した制度を白紙にすることは影響が余りに大きいだろうが、今、この制度の中で“無理”だと指摘されている多くの課題を整理し、改正していく必要があることは、もう与野党共に感じているはずだ。民主党も、舛添厚生労働大臣率いる政府与党も、障害者の社会参加が抑制されている実態に同じ目線で向き合い、真摯な議論を期待したい。

2007年08月23日

高知県とえらいな違い、高校再編と子ども条例

先週の土曜日、二つの集会や会議に参加した。一つは、高校再編を考える集会(高校再編を考える連絡協議会主催)と、もう一つは、県子ども輝き条例への緊急アピールを提案する皆さんの会議だ。高校再編の集会では、約4時間弱、山都町をフィールドワークされている熊大の徳野教授の学びの場と”地域”という視点での講演を含め、中味の濃い議論が展開された。

高校再編問題は昨年から、党派を超えて県議会でも審議してきた県各地の将来構想に関わる重要な問題だ。しかし、自民党の皆さんは、選挙が終わったら地域の声もどこ吹く風なのか、あれだけ県教委に意見していたくせに、先日の集会などには私と渡辺県議と佐藤県議(自民党の阿蘇選挙区の方)3人が来ていただけだ。

何度私たちが、県教委の多角的でない再編案に疑問を呈したり、各地の説明会で文字通り説明するだけではだめだと言っても、県教委側は、選挙後の自民党の皆さんを既に“押さえた”のか、各地域からの意見を反映させた案として進化した様子はない。統廃合で言えば、学校存続が地域の将来ビジョンに大きく関わることは否めない事実で、地域の皆さんが学びの場の消滅を心配し、反対されるのは当然だ。県教委は、学校存続のためには1学年4学級でなくては教育的効果がないというが、その根拠は薄い。また、学区の見直しも、平成24年以降に様子を見ながらとしながらも、全県一区は規定路線であるようだ。ますます熊本市への一極集中が助長され、地域格差は更に広がる。

他にも様々な観点があり、異なる意見も多々あろう。しかし、とにかく今の県教委の進め方は、それらを“かわしている”、“聞き置いている”としか見えない。何より不思議なのは、あれだけパートナーシップとおっしゃりながら、潮谷知事がこのことについて自分の思いやビジョンを語られるのを、私たち県民は一切聞いたことがないことだ。オープンな議論の場づくりもなければ、各方面からの意見を聴くご自分なりのルートやネットワークを作ろうともなさっていないようにお見受けする。川辺川住民討論会頃からの運動団体とのネットワークとは大きく異なっている。川辺川ダム同様、県政全体に影響が及ぶこんな重大な問題を、“教育委員会に丸投げ”でいいはずがない。

“県政は未来からの預かりもの”なら、熊本県がこの再編でどのような“姿”になるのか想像力を働かせてほしい。地産地消を実践する人材もいなければ、地域の高齢者を支える介護体制(人が支える!)もないズタズタな地域の有り様が、残念ながら私には想念されるのだが、そうなった時に、一体誰が責任を取るのか。

それから子ども輝き条例。これも、どこがパートナーシップやねん?と言いたい。手続きが県民を巻き込んでいない。少なくとも、子どもの権利について熊本で取り組んできた人たちは当然関与しておられるのかと思い、尋ねてみたのだが、担当はその方たちの名を聞いた事もない様子。後からその方たちや子どもたちに意見を聴くというお粗末さだ。それもこれも、拙速に事を進めさせようとすることが原因だ。何だか、担当の職員が気の毒にさえ思えてくる。

ちなみに渡辺県議が2月県議会で、子どもに関する諸々の質問の終わりに、「他県のように子ども条例を作ることを検討しては?」と問うたのに、「今後検討します」となるはずだった執行部答弁案が、何故か「作ります」という知事答弁に変わっていたとか。そしてこの9月県議会でもう条例が提案されるというスピードだ。私も驚いているが、渡辺県議も「こんなプロセスで、こんな中味で条例作りを急ぐのはおかしい」とおっしゃっている。何か「急いで作っちゃいたい」事情があるのだろうか?

それに輪を掛けて、県職員からは「条例の体を成していない」、「何のために作る条例なのか」、「県職員として恥ずかしい」、子どもの支援者からは「子どもの立場にたって、子どもを救済する仕組みを唱った条例になっていない」等々、極めて厳しい声が私のところにも届いている。

ちなみに、橋本大二郎知事の高知県では、高校再編の際は、県民各層、教育関係者、地域代表を交えた討論会を徹底的にやって、”その結果に基づいて”再編を計画したそうだ。また、高知県のこども条例は、条例の形も、中味も、今の熊本県案より遙かによく出来ている。後発の条例が高知県以下とは情けない。熊本県と高知県の違いが、今回この2点で図らずも明らかになっているが、パートナーシップのパの字にもなっていない本県の進め方には、ほとほと呆れかえってしまう。

2007年08月22日

母が我が家にやってきた

湖東で暮らしていた実母が、しばらく我が家で暮らすことになった。デイサービスで利用している老人保健施設の個室が空くまでだから、9月いっぱいだ。これまで母は100歳の祖母と二人暮らしだったが、祖母がかなり弱ってきて介護度が重くなってきた。そのため、今回叔母や叔父たちが夜を、昼間をホームヘルプサービス(介護保険と自費)で対応することになった。これまでも、ホームヘルプの狭間、祖母のトイレの介助など片半身麻痺の母が補っていたが、もう限界だった。祖母を常時見守る母の心労は重かったはずなので、今はゆっくりしてもらいたいと思う。

母と暮らし始めて、「我が家に子どもがいるとこんな風なのかなあ」という実感を持つ。食事は二人分作るも、三人分作るも大差はないのだが、辛いものや固いもの熱いものが苦手な母に配慮したりしながら出している。夫も母も好き嫌いがないので、その点は助かっている。母は11時には床につくが、12時頃私が寝る頃に母の寝付きをチェックしたりする。とにかく私の生活のリズムが、夫と二人だけでそれぞれ好きなようにしていた時に比べて整ってきたような?

母自身は、食事作りは無理があるし、入浴については支援が要るので、ホームヘルプを利用し、デイサービスに週一回通いながら暮らしている。送迎には介護タクシーを利用したりする。いわゆる介護という意味では、私たちの負担は殆どない。ただ、私たちの仕事柄、日中一人でいる時間が長いので、趣味の水墨画をまた始めたり、友だちと会うなどして、時間を有効に楽しく使ってほしい。

母が元気なうちは、湖東の実家でまた暮らしたいそうだが、我が家も含めて気軽に“お泊まり”に来れるようにしておきたい。それにしても、一緒にいたときはしんどい思いをしていたのだが、そこは実の親なので「おばあちゃん、元気かなあ」と祖母を気遣う母だ。週末には顔を見せに連れて行くことにしよう。

2007年08月15日

惨敗の影響

私事なのだが、祖母のケアプランが刻々と変わり、その対応に時間がかなり割かれている。障害を持つ当事者でもある私は、あくまでも祖母の思いと母の思いを第一に考えたいと思う今日この頃だ。

さて、以前私もこのコーナーで書いた安倍首相の場の読めなさは、今やKY(空気が読めない)と評されている。人間的な幼さは救いようがない。「私の基本政策は信任していただけた」と何をして思うのか。何も不祥事や差別発言をした閣僚や事務所費の問題を持つ閣僚などへの対応が悪かったことも事実だが、そもそも「あなたの基本政策を支持しない」人たちの民意なのだが。

しかしあれだけの惨敗で、よい影響が出ていることも確かだ。まず、公然と党内で安倍批判が出ていて、郵政民営化問題の頃からの「本音は隠して、口にチャック」的なムードは一新されて、自由闊達に議論や意見を交わせる状況になってきたのではないだろうか。民主主義の国なのだから本来こうでなくてはならない。国民の意思がはっきり表れたわけだから、地元のそして国全体の民意は無視できなくなっている。

また安倍首相は、原爆症認定訴訟の判決を受けて、認定基準の見直しの検討に入ると表明した。あの惨敗の直後であることが影響しているだろう。しかし厚労省内では混乱しているようで、その後熊本地裁の判決には控訴しているちぐはぐさだ。これはある意味、官僚と政権にどんどん亀裂が入っていると見ることができる。官僚も政治家も、誰を見て仕事をしているのかが問われている。

また民主党側としては、アメリカに対して、小沢代表がテロ特措法に明確に反対であると表明し、内外に波紋を広げている。今の民主党内に様々な意見があるにしても、ここ数代の自民党政権が、「アメリカのポチ」に甘んじてきたことからすると、やっと対等な立場で主張していく政権が生まれるかもしれないとの期待を持たせる。国民の中に著しい生活格差が生じて行く中、米軍のイラク派兵への支援、国内の米軍再編への支援などに莫大な国費が投じられることに、国民は怒り、呆れかえっている。

今日は8月15日。今年は珍しく現職閣僚が誰も靖国神社へ参拝しないようだ。思想信条の自由は保障されていても、公職にある人たちが特定の宗教団体に閣僚として参拝するなどあってはならないことだ。しかも靖国には東条英機を含めたA級戦犯が祀られている。先の大戦で命を落とした御霊に誰もが手を合わせることができる国立の追悼施設が、一日も早く創られるべきだろう。

小池大臣や塩崎官房長官の防衛省次官人事でのごたごたなど、“お友だち内閣“も末期的状況を呈している。この猛暑の中、安倍氏は、内閣改造でどう一新させるのか苦慮していることだろう。どちらにしても、求心力が戻ることはあるまい。こんなレームダック内閣は一日も早く終わることが国民の為だ。

2007年08月07日

映画「新・あつい壁」、今頃県推奨?

denkikanで6月23日から始まった「新・あつい壁」は、当初の2週間の予定が延長に延長され、とうとう8月いっぱいの上映となった。試写会と封切り日の計2回鑑賞したが、想像以上の出来にその都度痛く感動した。何とか一人でも多くの人に観て欲しいと思い、鑑賞券を売りまくった。以前このコーナーでも書いたが、この手の映画にしては押しつけがましくなく、過去の出来事が現在、未来に繋がっているというメッセージが胸に残る。

さてこの映画は、特に行政職員に対しても重い教訓を投げかける。医療や警察が国民全体の安全などの大義名分で、いかに権威と思い込みで差別を助長して行ったかを恐ろしいまでに見せつける。ハンセン病という特定の疾病についてのこの映画だが、この先誰の身にどのような形で偏見と差別の暴力が降りかかるとも限らないと、背筋が寒くなった。

過去、水俣病の患者さんへの行政職員による差別的言動や対応があった。(現在も全くないとは言えない)あるいは北九州市のような基礎自治体の生活保護行政は、生活を守るどころか人を死に追いやっている。“当事者”の現実にいかに思いを至らせることができ、可能な改善に向けて取り組む姿勢が持てるかが、その任に当たる者の役割であるはずだが、まだその自覚が足らないようだ。共感せずに淡々と“処理”するのが仕事ではないはずだ。想像力の欠如が最も心配される。

さて熊本県は、この「新・あつい壁」を県推奨映画とした。これは文部科学省の特別選定作品に選ばれたことを受けている。率直に言って、県こそが先んじて推奨映画にすべきだったのではないか。この映画が製作される前の段階で、以前から存じ上げている中山監督に県の協力は得られないだろうかと相談を受けたことがある。しかし、決して積極的ではなかったと記憶している。ハンセン病差別では、菊池恵楓園という療養所もあり、黒川温泉でのアイスター問題もあって、本県は全国から注目されているにも拘わらずだ。製作協力券の購入で支援した合志市とは対象的だった。静観していると感じた。

ところが、この映画が内容も映画としての質も高く、じわじわと県民の中に浸透してきて、文科省も特別選定するに至ると、県も推奨だ。何だか情けない。今後、県内の各市町村教育委員会に同映画を推奨したことを通知し、県の広報誌にも掲載するそうだ。そんなのもっと早くやっといてよと言いたい。既に自発的に上映会を企画してきた多くの自治体や団体もある。数年前、“どなたか”の推奨映画が、県職員動員の上、熊本テルサで上映されたことがあるが、この映画こそ、そうすべきではないのだろうか。


お問い合わせ 平野みどり事務所 860-0066 熊本市城山下代4-7-28 
電話:096-319-4080 ファックス:096-319-4081
Eメール:info@hiranomidori.net  ホームページ:http://www.hiranomidori.net/
Powered by Movable Type 3.2-ja-2