母のいる暮らし [みどり日記]
昨日、8月から城山の我家で同居していた実母が、デイケアに通っている老人保健施設に移った。2ヶ月間入所の予定だ。100才の祖母の見守りが大変になったことで、母の妹たちが祖母のことを見守ることになり、母が湖東の家を出て1ヶ月半になる。突然だったので、老健をあたったのだが、10月からしか個室が空かないということで、ここ1ヶ月半、我家で暮らしていた。その間、夫や夫の両親にも温かく受け入れてもらい、感謝している。これから10月、11月と2ヶ月間、老健で毎日リハビリを行い、歩行が少しでも楽になって活動的になればと本人も期待しているようだ。
母との同居は、我家にとっても突然だったので、車いすの母は取りあえず私たちの寝室を使っていた。(その間夫の寝床は居間となった)1ヶ月半の間、夜中に2回、母が「ばあちゃん、ばあちゃん」と突然はっきりとした寝言を言うのを聞いた。「ここは城山よ。大丈夫、おばあちゃんは、叔母さんたちが看てるよ」と言い、手を握ると握り返し、また安心して眠りに入った。夜中も含めて、ここ1、2年の祖母の見守りがいかに負担になっていたかがわかり、せつなくなった。
母は、空腹時に胃が痛むこともあり、朝7時、昼12時、夕方18時と決まった時刻に食事を取る必要があった。そのため、このスケジュールに併せて、食事の準備をしてきた。夕方からの宴会や会議がある時は、家に戻って支度をしてから出掛けることも度々あった。「何時に帰ってくると?」と聞かれ、母の就寝時間の10時を超えるので、先に寝ててというと、「忙しすぎるね」と苦言を呈されたりもした。一時はどうなることかと思った母との同居だが、麻痺していない左手だけで洗濯物を干したり、取り込んでたたんだり、彼女の出来る役割をしっかり担ってくれて、助かったりもしている。私たちも規則正しい生活ができた。
介護タクシーの使い方も慣れては来たものの、通院等には介護保険が使え、その他の外出には使えないが、その料金の差は大きい。事前の予約やキャンセルなどでは、介護保険か一般利用かも含め、高齢の利用者にはまだまだ制度が親切ではない。ケアマネージャーは大変よくしてくれるのだが、通院先やタクシー会社などに予約やキャンセルのため電話する際、言葉がクリアでない母にとっては負担のようで、家族の支援と確認が不可欠だ。いったい独り暮らしの高齢者の皆さんは、どうなさっているのだろうか。
さて、母は12月にはまた城山に戻ってくる。私たちは、彼女の居場所のスペースを作るため、早速、10年以上も手をつけていなかった古い資料や書籍、選挙関連の資料、お釈迦になったパソコン等々、1週間かけて処分し、事務所機能を一部屋に集約した。こんなにがらくたを後生大事に持っていたのかと、我ながら呆れるとともに、母のお陰で思い切った大掃除ができたと喜んでいる。我家、老健、我家と移り住むことになるが、母にとって安心して生活できるスペースが複数あることはいいことだ。
最近、東大大学院教授の上野千鶴子さんの「おひとりさまの老後」を読んだ。”結婚しようがしまいが、だれでも最後はひとり・・・”という帯が付いていた。専業主婦であった人が、子どもや夫から“解放”されて、老後をエンジョイしているケースも少なくない。また、もともと非婚でシングルライフのスキルを持った女性もいる。子どもがいない女性でパートナーが先立ったケースも含め、女性が老後に至るまでには様々な来し方がある。しかしいずれにしても、一般的には男性より長生きする女性にとっては、住み慣れた(バリアフリー化も時に必要)我が家があり、福祉施設や福祉サービスは社会資源として利用でき、楽しく食事ができるおひとりさま仲間がいれば、老後も結構怖くない。しかし、それには、現在でも根強い“家族”を介護にしばる社会の目や不十分な福祉サービスや年金を補う施策が改善されるという条件付だとしみじみ思う。私も夫も、どちらかが「おひとりさま」を生きる時間があるはずだから、その時のために備えておかなければ。