トップページおしらせブログ活動報告議会報告政策プロフィール事務局お問合せ
 

ブログ トップ>2007年12月

2007年12月31日

知事選における今の私の考え

祖母の四十九日の法要を一昨日終えた。ちょうどいとこたちが暮れの帰省のために戻ってくるこの時期が四十九日にあたるとは、祖母の“計画性”には恐れ入る。少し前までの悲しみも、いとこの子どもたちの明るい笑い声に昇華されて、もう既に祖母を懐かしむ思いに変わっている。鹿児島から熊本に移り住んだ祖父の墓には、これまで祖父が一人入っていたが、その横に祖母も納骨された。やっと一緒になれた。60歳で夫を亡くし、その後40年も生きてきた祖母。統計上、女性の寿命は男性より長いが、祖母の場合は平均を遙かに上回った。

さて、知事選について本人もついて行けないほど、報道が先行している。立候補するかと名前が挙がっている蒲島郁夫さんに会った民主・県民クラブの渡辺代表、鬼海副代表と共に、幹事長の私の名前も出ていたので、正しい情報を発信しておかなければと思う。

まず私たちが確認したかったことは:
1)人となり、政策的なスタンス
2)知事選に出る意欲や覚悟
3)政党との関わり

1)と2)については前回のブログ(27日)に書いた通り。強い思いや意欲は感じられたが、突然声をかけられた立場なので、まだ関係者から話を聞いている段階と見えた。蒲島さんには、「選挙で政党に借りを作ったらそれに縛られる」と強く申し上げたが、それをどうご自分で整理されたかは定かではない。これまでの接触で、思ったより話のわかる自民党と感じておられるなら、足蹴にも出来ないという感覚かもしれない。私は、「首長選は自ら立ち上がり、政党には支援を求めず草の根で出る」というスタイルがわかりやすいし、有権者には支持が得らえると伝えた。政党は後方支援でいいと思うし、その思いは今も変わらない。

民主党は、衆議院選挙と平行して進む知事選を、自・民の対決軸と捉えているのだろう。少なくとも自民党が先行した候補を推すのに抵抗感は少なくないかもしれない。自民党はと言えば、このところ福田政権が急落状態なので、衆議院選前にイメージアップし、何が何でも知事選びに関与し、“責任政党”としてその後の県政に影響を及ぼしたいということだろう。

蒲島さんに会ってきた私たちの蒲島評は高いが、両党の思惑が交錯する中、どうしようもない。蒲島さんは、これまでの民主党支援の立場から、民主党が関与しないということなら、自民党だけでは出ないのかもしれない。ただ自民党が、どんな条件でも飲み、川辺川ダム問題ですら推進に拘らないとすれば、今後の蒲島さんの判断は私たちには予見できない。

全国的に見れば、自民党が複数の会派に別れ、他政党や他会派との連携も含め、民主的な政策判断ができる県議会も少なくない。しかし、自民党熊本県議団は一会派で固まり続けている。そして、自民・社民・さきがけの時のように、権力のためなら状況に応じて“トランスフォーム”もする。私が最も矛盾を感じるのは、多数派を握る自民党は、これまで県議会の中で、蒲島さんが心を寄せる”弱い立場の人、社会のひずみの中で苦しんでいる人、少数派の人”に目線を置いた政策判断をしてきたかということだ。

もちろん厳しい支持率低下状況の中、「今後は変わります」と蒲島さんに訴えているのかもしれない。正直、蒲島さんがこれらをどう判断されるのか、先は読めない。ただ、少なくとも当選後の知事と県議会の有り様を左右することを考えると、自民党が仕切って進める知事選に、私自身が応援団として組みすることはあり得ない。

とにかく、しばらく様子を見ることになる。

2007年12月27日

”夢”を持ち続けた蒲島郁夫という人

昨日26日、東大教授の蒲島郁夫さんとお会いするため上京した。このタイミングでお会いするという意味合いは、当然知事選との絡みからであることは言うまでもない。しかし、出馬の要請ではないし、昨日は主に蒲島さんの政治的なスタンスの確認と県政課題についての意見交換だった。

さて、これまで何度か、蒲島さんの熊本での講演をお聞きするチャンスはあったのだが、熊本市長選の選挙運動のただ中でタイミングが合わなかったり、県外に出張していたりと、その都度抜き差しならない事情で、残念ながら私自身はお話を聞く機会を逸していた。

実は、蒲島研究室の博士課程の中條美和さんという院生が、三年程前熊本に住んで、潮谷県政をテーマにした博士論文のための調査をしていた。物怖じしない中條さんは、潮谷知事ご本人を含め、県政の中心や周辺いる様々な人たちと接触し聞き込んでいたが、たった一人の女性県議だったこともあり、私も度々彼女と食事に行ったりしていた。ちょうどその前後から、彼女の恩師の蒲島郁夫さんが、極めてユニークな経歴の学者であることを知り、お会いする機会が来るのを楽しみにしていた。

さて昨日は、暮れの交通混雑やいくつかの事情が重なり、遅れて着いた私たちを、東京駅の地下街にある店の前で、蒲島さんは立って待っていてくださった。平身低頭で私たちが申し訳なさを口にする前に、穏やかな面持ちで「すみませんでした。私がわかりにくいところを指定してしまいましたね」と話かけられた。顔から火が出そうな私たち三人。12時過ぎていたので、店に入り昼食をとりながら、お互いの自己紹介から話は始まった。

さて、今、蒲島さんが渦中の人であることは県民の多くは知っているが、残念ながら蒲島さんを“知っている人”はまだそう多くはないと思う。もし知っていれば、なぜ“自民党が”蒲島さんを知事に担ぎたいとアタックしているのかに違和感を持つはずだ。もちろん私も首をかしげた一人だった。そして、これは何とかご本人にお会いし、思いを直接聞き、県政についての意見交換が必要だと思い、民主・県民クラブを代表して、渡辺代表、鬼海副代表、幹事長である私平野でお会いしたいとメールを送ったところ、蒲島さんからも「私もお会いしたい」と折り返しでメールが届いた。

今回お会いして、蒲島さんは、正直今の状況に戸惑っておられると感じだ。「これまで自民党とのつながりはありませんでした。研究でも二大政党制を主張してきましたので、その立場から民主党を応援してきました。今回知事選で自民党からアプローチがあったときは正直驚きました」と。ここ1、2週間の新聞の紙面だけを追うと、“自民党が押し上げたい知事候補の東大教授”という前書きが踊り、読者には「蒲島さんという人は自民党が影響力を及ぼせる知事候補なのか」とか「自民党と考え方や政治理念が近い候補なのか」と映ってしまっているような気がしていたし、既にそう口にする人も出始めていた。しかしそれは大きな誤解だと言っていい。

蒲島さんと私たち三人は三時間ほど話をする中、かなり最初の段階から、蒲島さん自身が「前から知っているような気がしますよね」とおっしゃるほど、お互いが思うままを率直に口できる近い感覚を共有していた。本当に私もそう感じた。私たちは県政の課題についていくつか意見交換したが、その中で主だった蒲島さんの考え方をいくつか列記すると:
・ 川辺川ダム問題(ダムありきは否定。早急に御用学者に依らない第三者機関を設置し、財政面も考慮に入れベストな治水方法を決定)
・ 点数至上主義でない教育観(いわゆる“落ちこぼれから東大教授”とご自分でもおっしゃる)
・ 政令市を目指す熊本市と県の関係(県の役割は熊本市以外の地域に責任を持つこと)
・ 新幹線開通後の熊本県は文化・学園都市を目指すべき(大学全入時代。大学院で特色を出す)
まだまだあるが、閉塞感が蔓延しつつある熊本の未来に少し光が差したように感じたのは私だけでなく、先輩二人も同様だった。

お会いする前は、鹿本高校をやっと卒業した人が東大教授になったのだから、大変失礼な言い方を許していただけるなら、いわゆる“成り上がった人の高慢さ”があるかもしれないと勝手に想像したりもした。しかし私自身が恥じ入ったのだが、そんな様子は蒲島さんからは微塵も感じられない。人を緊張させない穏やかな人だ。満州から引き上げてきた極貧家庭に育ったことや、ネブラスカ州の農業実習先で農奴としての過酷な生活を体験してきたこと、そして子どもの頃からの夢を持ち続け、折々の人との出会いを夢の実現につないできた逞しさ、学ぶということに目覚め、真摯に取り組んできたことから生まれる品性や重厚さが、今の蒲島郁夫という人をかたち創ってきているような気がした。本当の意味で学問を修めた人には謙虚さと品性がある。

さて、前述したように自民党県連が揃って、蒲島さんの業績や経歴そして政治的な考え方を知って、「この方しかいない」と思っているとは思えないが、少なくとも自民党の一部は「本気」モードのようだ。恐らく先の参議院選の結果を含めて厳しい状況が続いている中、何としても知事擁立に関与し、影響力を及ぼしたいと苦肉の策を打ってきたのだろう。ただ、蒲島さんは、“こちら側に近い人”だ。そして、少なくとも民主・県民クラブの三役である私たちは、蒲島さんはAクラスの候補者だと太鼓判が押せる。

だとするならば、どの政党にも推薦を求めず、県民に選択を任せる形での立候補が最もわかりやすいし、蒲島さんの思いに近いと思った。蒲島さんとの会話の中にも、「県民のために」という言葉が何度も出ていた。”この指止まれ”に、県民や支持グループや党派を超えた議員たちが個人個人で集結していく形がよいのではないか。「東大を退官し、次の仕事も決まりつつあるが、それを投げ打ってということになると慎重にならざるを得ない。しかし、故郷にご恩返しをしたいという思いは強い」という蒲島さんが、政党間の駆け引きによって立候補を断念せざるを得なくなるのは、極めてもったいない。

候補者が乱立する熊本県知事選。年越しの様相だ。まだ時間はある。蒲島さんからいただいた自伝的著書「運命」(もう既に絶版になっているそうだ)は、中学生でも読める書き方だった。これを私たちは2時間弱の東京からの帰路、一気に読んでしまった。時折、蒲島さんの過酷な体験に驚き涙したり、またほのぼのとした生来の性格に笑ったりしながら改めて強く思った。「回り道をしながら“夢”を持ち続け、次々と実現してきた蒲島郁夫という熊本が生んだ逸材を知事に頂き、くじけそうになった県民がまた“夢”に向かって立ち上がる。その際のモデルでありリーダーとして、今の熊本に必要な人ではないか」と。

※下記は蒲島郁夫さんのストーリーを簡単にまとめた日本経済新聞に連載された記事で、ご本人を知る一助となる。(蒲島さんのホームページより)
http://politics.j.u-tokyo.ac.jp/kabashima/yume/hakkentop.html

2007年12月17日

後継指名に疑問

県議会は今日閉会日を迎えた。今議会は、潮谷知事不出馬で幕が開いたわけだが、閉会日を迎えた今日までも、次期知事候補は次々と名乗りを上げ、紙面を賑わせ、忘年会の席の話題を提供している。ここのところ福田政権の支持率が急落しているが、いよいよ解散間近と思われる国政の動きも、これからの知事選の行く末を左右するだろう。

候補者が出そろわない段階で、民主・県民クラブが、あるいは平野みどり自身が、今回の知事選で誰を支持するかという判断をするにはまだ時期尚早とは思うが、「どうなっているのですか?」などと質問も相次いでいるので、私なりに思うところは折々書き綴っていきたい。

さて以前、このブログで、候補者にはできれば県民党という立場でどこにも推薦を求めずに出てもらいたいと書いた。この考え方自体は基本的には変わっていない。しかし、与野党対決の国政との絡みで、そうもいかない場合もある。その際は、誰が県民大多数の利益をもたらし、新しい熊本の政治風土を創ってくれるかの判断になるだろう。

先週は、あらたな知事候補者の出現に議員も県民も驚いた。元県職員の鎌倉孝幸さんの表明だ。県民以上に驚いたのは県職員の皆さんだろう。鎌倉氏は地域振興部長として川辺川ダム問題に取組んだ。県関連団体に天下りもせずに、民間放送会社に顧問として入られたので、今回のことも含めて、身動きが取れるようにしておられたのかもしれない。

旧県民クラブにもちょくちょく顔を出し、私たち議員とも話す場面は少なくなかった。しかしそれ以上に自民党の皆さんとは昔から親交があっただろうから、当選後に彼らからの影響を受けないと言えるだろうか。特に、どの候補者にとっても“踏み絵”となっている「川辺川ダム問題」へのスタンスは注目だ。間違っても、潮谷知事と同じような“中立”では困る。中立として推進の自民党と対峙しつつ、当選後に“すわ推進”へと傾かないかとの心配は払拭できない。

また鎌倉氏自身のキャラクターは、良きに付け悪しきに付け強烈だ。歯に衣着せぬ物言いは、リーダーシップ有りと感じさせる反面、場合によっては無用に敵を増やし、パワーハラスメントの被害者を産まないかという点も正直不安だ。どこに出しても安心できる発言と態度の知事になれるのだろうか。やっと潮谷知事の県政が終わり、「さあこれから新しい知事の下で、難しい時代を新たな気持ちで頑張っていこう」と思っている職員の皆さんは、一体どう感じているのだろうか。

それにしても、潮谷知事が鎌倉氏に出馬要請とは恐れ入った。川辺川ダム問題で支えてくれたとは言え、県政全般を彼に委ねてよいと思っておいでなのだろうか。ましてや、後継指名とも思える発言は、引退後も「院政を敷く」つもりではとも取られかねない。鎌倉氏も、潮谷知事の打診があったと答えておられるが、県政継承でいいのだろうか。何やら潮谷知事の影響力にあやかろうと思わせる発言とも受け取れる。

まだ幸山市長を応援した時のような気持ちにさせてくれる候補者は現れていないが、今後も指をくわえて待っていないで、探し出す努力をしていきたい。

2007年12月11日

開かれた議会を見届けたい

潮谷知事が三選不出馬を決められてから、妙な場面に出くわした。いつも挨拶を交わすあるお店の方が、一昨日、目が合った瞬間“冷たい光線”を放ってきたのだ。推察するに、その方は潮谷知事支持で、三選不出馬の要因が「平野県議や渡辺県議が知事批判を展開した」ことによると、誰かが喧伝しそれを信じておられるようなのだ。確かにこれまでの知事の政治的姿勢やいくつかの施策には疑問を持ってきており、目指されるだろうと思っていた三選に向けて、私なりに少しでも真の県民党にスタンスを変えていただきたいというつもりで、このブログで厳しい意見を掲載してきた。

私の知る限りでは、川辺川ダム反対派の一部の皆さんや、これまで知事シンパの女性の皆さんが、三選への意志有りということで、秋口から各地で集会を催しておられた。そんな皆さんは“突然の”不出馬宣言に驚き、ショックを受けられたことだと思う。そこで「いったいどうして?誰が知事を断念させたの?」となるのだろうが、それが平野ごときのはずがない。もっと冷静に考えていただきたい。

いくら草の根の選挙が大きな結果を生むことがあるにしても、選挙はそれを進めるための最低限の資金、組織(母体)が無いと動いていかない。不出馬の理由は、そこの見通しが結局立たなかったということではないか。端的に言えば、これまでの選挙を支えてくれた自民党や公明党のために、選挙の度に応援のマイクを握った知事だが、川辺川ダム中立では、もはや支持は得られないことが確定的となったためではないか。

一方、ダム反対の立場で県議会でも論陣を張ってきた民主・県民クラブや民主党だが、こうまであからさまに、知事が与党の選挙応援団を毎回買って出られると、いくら川辺川問題で中立の立場を貫き、反対派に期待をもたせてきたとは言え、こちらも潮谷知事支持とならない。「渡辺県議と平野県議がねえ・・・」と知事が口にしておられるのを、何人もの方から聞かされた。しかし、本質的な三選不出馬の要因は他にあるはずだが、こんな発言が本質だと思う人も少なからずいるという事実に唖然としてしまう。

前宮城県知事の浅野史郎氏が、「選挙の出方が、それからの知事としてのスタンスを決める」とおっしゃるのを何度か聞いた。全くその通りだ。一期目は福島知事のピンチヒッターで自民党が担ぎ出したとしても、そんなに川辺川ダム問題が知事にとって重い課題なら、二期目には、推進の自民党とは袂を分かって、県民党としてどこの政党の支持も受けず出馬できたはずだ。しかし、結局自民党に推薦を“とらされる”ことになった。それがその後の自民党が多数を占める県議会と知事の在り方を縛り続けた。

私の議員生活もこの12月で10年になる。この間、他県はどんどん議会改革が進み、知事と議会のいい意味での緊張関係と、県民の利益を念頭に置いた政策のせめぎ合いが実現している。ところが熊本県議会はどうか。恥ずかしいレベルだ。確かに、県民の皆さんからの指摘や提案を議会で質問しながら、実現したり改善したりすると、それなりにやり甲斐はある。しかし、口利きや利益誘導につながる議員の立場を使ったゴリ押しの横行、あるいは議会質問や全国で本県だけの知事同席の上での予算説明など、自民党議員への配慮が議会を停滞したままにしていることが許せない。10年の間には、“おもしろくない議会”、“風通しがよくない議会”で議員をやっていることに限界を感じたことも一度や二度ではない。10年間のうちの8年間、知事はもちろん潮谷知事だった。

次にどんな知事になるか、傍観しているつもりはない。積極的に人選にも拘わっていきたい。個人的には、リベラルで、県民目線でものごとを見極め、県議会多数派に主寝ず、是々非々で臨む知事の下、議会がどんどん変わっていくことを実感し、見届けたい。

2007年12月05日

潮谷知事不出馬に思う

今日は、日本障害者フォーラム(JDF)セミナー「障害者権利条約と国内法整備」にパネリストとして参加するために上京していた。この条約の批准に向けた各分野の課題はなにか?という副題で、教育・労働を中心に議論した。厚生労働省と文部科学省の担当者が基調講演を行い、それを元にシンポジウムは進められた。

このセミナーについての報告は後日としたい。シンポジウムが進む中、持参したPCに熊日速報が入り潮谷知事三選不出馬を報じていたが、帰りの慌ただしさの中、その情報をチェックしたのは、熊本に着いてからだった。その前に、仲間の議員から携帯にメールももらっていたが、うっかり携帯を議会に忘れていくというポカをしたため、こちらも確認したのは帰熊してから。

12月議会も始まり、明日から一般質問が始まる。私は2日目の質問のため、知事選絡みの質問は、自民党の西岡県議と民主・県民クラブでは福島県議が準備しておられる。西岡県議は知事が出る場合と出ない場合の2パターンで原稿を用意されていると聞こえてきたが、それほど、知事がどう判断されるか、誰にもわからなかった。

さて、明日の一般質問を前に不出馬という態度表明があったわけだが、私は、知事は「賢明な判断」をされたと感じている。そして、率直に「お疲れ様でした」とご慰労申し上げたい。ご自分でもおっしゃっていた年齢的なものは、決して偽らざる理由だと思う。これからの四年間が激動の四年間になることは必至だ。判断を間違えば、熊本県は希望を見いだせないほどの“転落”すらあり得る。様々な情報の中で、透徹した政治的信念の下、瞬発力と先見性を持ってことにあたらなければならない厳しい時代だ。私が知事の69歳という年齢と立場だったとしても、やはり次のリーダーに託すべきと判断する。

もちろん、次のリーダーも茨の道は覚悟していただかなくてはならない。知事という立場だ。一挙手一投足に賛否も飛び交うだろう。だからこそ、意見を幅広く聴きながらも、政治信念を貫く判断が出来る人が必要だ。これから候補者が自薦他薦で、県民の前に選択肢として登場するだろう。今度は、県民側が”賢明な選択をする”という責任を負う。私たち議員も、県民の皆さんと共に考え、知事選にあたっていきたい。

既に各政党が候補者選びに動いているようだが、“我が党が押す○○さんを知事に”という姿は、どうしても中央レベルの政党の枠組みのおし着せにならないとも限らず、県民が蚊帳の外に置かれかねないと懸念する。また、間違っても、“今、熊本県にとって必要な人。リーダーとして相応しい人”を選ぶというより、“私たちの利権に踏み込まない人”ということが、一部の議員にとっての選ぶ基準になってはならない。それでは議会改革も進まない。新しい知事には、政党とは距離を置き、議会にいい意味での緊張関係を持ち込む、根回しや談合無しの毅然とした態度を求めたい。そんな候補者が出てくれることを、県民の一人としても切望する。

それから最後に、潮谷知事が進めてきた男女共同参画や県政のすべての施策にどんな条件を持つ人も県民と位置づけたユニバーサルデザインの考え方を持ち込むことそのものは、私は評価している。(UDの手法には課題が多いと思うが)だから、潮谷知事がその座から去っても、これらをしっかりと受け継ぎ、一々言われなくても当たり前に更に進めていくよう、県職員の皆さんには切にお願いしたい。もちろん新しい知事にもその点は期待したい。


お問い合わせ 平野みどり事務所 860-0066 熊本市城山下代4-7-28 
電話:096-319-4080 ファックス:096-319-4081
Eメール:info@hiranomidori.net  ホームページ:http://www.hiranomidori.net/
Powered by Movable Type 3.2-ja-2