熊本県知事選挙が今週6日に告示を迎え、スタートしようとしている。これまでホームページのブログ(日記)で私の思いについて何度か書いてきたが、改めて私の考えを整理してみたい。
昨年秋頃から、潮谷知事が3期続投することが、果たして熊本県にとっていいことなのだろうかという疑問が、少しずつ大きくなってきた。そんな中、「では誰が?」と考えた時、新聞等で選挙分析をされたり、地元紙でご自分のエッセイを書かれたりしていた蒲島郁夫さんのことが頭に浮かんだ。何度か会派でも蒲島郁夫さんの名前を出して話題にしたことがあったが、潮谷知事が続投を表明すれば、それを上回る票を出すことはかなり難しいと思われたし、蒲島さんが東大教授を辞めて知事選に挑戦されるとも思っていなかったので、私の中では知事候補として実際に擁立を周囲に働きかけるまでには至っていなかった。この頃個人的には、死期を迎えた祖母と不安定になっていた母のことで精一杯の時期だった。
さて、思いがけず潮谷知事3選不出馬が明らかになった。そして直後、蒲島さんにアプローチしたのは何と自民党だった。民主党シンパであり、二大政党制論者で、リベラルな蒲島さんへの接触に正直面食らってしまった。「あなたたちじゃないでしょ!」という思いだった。彼らからのアプローチで、国政や県政について話をしてきた蒲島郁夫さんだったが、そういう接触が報道される度に、私は忸怩たる思いだった。「“自民党が推したい”蒲島さん」というイメージが先行していくことだ。
だから、私たち3人(民主・県民クラブの渡辺、鬼海、平野)は蒲島郁夫さんにまず会って、ご本人がどういう思いでおられるか、知事選に臨もうとする気持ちがあるのかなどを確認したいという思いがあった。上京して意見交換したことは、既に12月のブログで詳細に書いたが、私たちは蒲島郁夫さんの経歴・経験そのものが、沈んだ熊本に夢と希望をもたらし、一緒に難局を乗り越えていこうという勇気を与えてくれると確信を得て帰熊した。そもそも基本的な政治スタンスについては不安はなかった。
蒲島郁夫さんは、民主党が政権を取り、二大政党制が本格的に始まることを期待してこられた。しかし、知事選に関しては、政党間の対立を持ち込むのではなく、自民党の知事でも、民主党の知事でもない、「182万県民の知事」として、全力を尽くしたいという考えのようだ。議院内閣制とは違う“大統領制”の県政では、知事率いる執行部vs県議会であり、政党の枠を超えて、よりよい県政になるような提案やチェックを執行部に突き付けてきて初めて健全な議会と言える。執行部は、議会とはいい意味で緊張感ある関係を作り、議論をガラス張りにしていけばいいし、それこそが県民の利益につながる。
そういう意味で、もし出馬するならば、「政党の枠を超えて県民総力戦」でという思いを伝えられたのだろうが、「自民・民主相乗りを期待」と、マスコミは書き立て、県民はその報道しか情報源は無く、次第に「両党からの支援はむしがよすぎる」というメッセージが広がっていったのは残念だった。結局、民主党は近づく衆議院選挙への影響を考え、「蒲島氏は自民党が推す候補。民主党にとって蒲島氏は選択外」として、結局先週、鎌倉氏推薦を決めた。
これまで私たち3人は、蒲島さんを知りたいという人たちに会ってもらう機会は作ったが、労働組合関係者には一切働きかけをしていないし、連合熊本の決定をひたすら待っていた。連合本部の高木会長も、これまで講師を依頼したりしたりアドバイスをもらったりという関係の蒲島さんを、熊本でも応援できないかという思いだったようだが、熊本は複雑な状況となっているので、応援にはならなかった。ただ先週、連合熊本は「知事選は自主投票」と最終的に決めたので、それを受けて私たちは蒲島郁夫さんで動き出すことができる。
私たちは、国政と地方の知事選は別物と考えるべきだと思っている。今、熊本県には大きな課題が山積している。川辺川ダム問題や水俣病問題の解決を含め、将来への熊本のビジョン作りとそれの基礎となる財政再建問題だ。知事は様々な立場の様々な意見があるこれらの難題に、決断をしなければならない。蒲島さんは、自ら汗をかき、「夢」に向かって前進することを訴える。県職員も県民も、「夢」を共有しながら共に歩む覚悟が求められているのかもしれない。
蒲島郁夫という人は、とてつもない人脈とネットワークを持っている人だ。政治学者として培った人脈と彼に寄せる信頼により、国内あるいは世界の様々なポストに友人知人がいる。松下政経塾の顧問として講義をしてきた時の弟子の国会議員も与野党にたくさんいる。彼らは応援に来たいと言っているらしい。以前も書いたように、円より子民主党参議や福島瑞穂社民党党首など、多くのリベラルな女性国会議員たちも信頼を置いている。もちろん教え子に官僚もたくさんいるし、板東眞理子さんを始め学者仲間も応援団だ。中央や福岡経済界の重鎮たちも、蒲島さんを尊敬し応援している。
もちろん、地方行政での経験はこれから積み上げるわけだから、もし当選しても知事1年生としてのスタートだ。5人の候補者の中には行政経験豊富な人もいる。しかし、知事は行政経験だけで決めるべきなのだろうか。むしろ、熊本を外から客観的にも見てきた人、大局を見誤らず、私利私欲のない清潔な人、人格・識見が優れていて尊敬に値する人、こんな人が知事となり、そのリーダシップの下、県民は誇りとやる気を取り戻していくのではないだろうか。これは県職員にとっても同じだ。
「でもやはり自民党が応援しているってところが気になる」という声も頂いている。当然だと思う。何故、自民党が蒲島さんを押し出したいと思い、蒲島さんもこれまで関わりのなかった自民党の応援も受けることにしたのかを考えてみたい。
戦後の高度経済成長期、自民党政権下、富は国民に分配されてきた。しかし新自由主義が台頭し、小泉政権が始まると徹底した自由競争という名の下、弱肉強食の格差社会が広がってきた。このことを苦々しく思っていたのは、地方の自民党自身だろう。彼らは、小泉政権前と同じような地方への配分が、そのまま復活するとは思ってはいないだろうが、国は血を流さないですむ“まやかしの地方分権”が進めば、地方は総破産してしまうという危機感を持っている。そこに小泉改革を批判し、地方の思いを組んでくれる蒲島郁夫という学者と巡り会ったのだ。それに何より、あの逆境の経歴は人の胸を打ち、希望の象徴となる。こんな郷土の誇りである知事が誕生すれば、きっと熊本はよみがえることができる・・・案外そんな素朴な思いだったのではないだろうか。
だからこそ、自民党が先に動き出したにせよ、自民党は民主党にも「一緒に応援して行こう」と応援を要請した。しかし結局は、民主党は衆議院選挙を前に、推薦候補として鎌倉氏への支援を明確にした。どうしてもマスコミはその対立の構図でこの知事選を追っているようだ。ちなみに後の3人の候補も同列で闘っているのに、最近の報道の「自・民」のクローズアップはいささか不平等だし、失礼な気もする。
さて蒲島郁夫さんを応援することにした私だが、衆議院選挙ではもちろん、与野党逆転を実現し、戦後の長く続いた自民党支配の政治の在り方を見直す必要があると思っている。政権交代に向けてしっかり取り組む。それなら「何故、知事選でも民主党の推薦候補を応援しないの?」という疑問を持つ県民の皆さんがいらっしゃるとしたら、それには「どの党が誰を応援しようが、知事選は政党で選ぶべきではなく、どの政党とも等距離で臨む知事が必要。無用な混乱や政党の対立を持ち込むほど今の県政に余裕はない。何より、知事に相応しい人物かどうかも重要」とお答えしている。
自民党も応援している候補が、政党との等距離を保てるかということだが、蒲島さんは恐らく自民党の抵抗もあっただろう公約をマニフェストで書き込んでいる。
・口利きや各種要望の文書化と情報公開
・特定の候補者の選挙運動には参加しない。
・国にもの申す知事となる。政党の枠にとらわれずに、県選出の国会議員と連携し、国に対して発言し続ける。
その他にもリベラルな知事を担保する公約が、マニフェストの中には書き込まれている。じっくり読んでいただきたい。マニフェストはこれまでと違い、県民との重い約束だ。
川辺川ダム問題については、中立の有識者会議で多角的に議論して6ヶ月後の9月県議会で結論を出すとしているが、ダム反対派の皆さんからはここが問題だと指摘されている。「既に議論は尽くされた。賛成、反対を言うべきだ」と。しかし潮谷知事も8年かけて、結局反対とは言えなかった難しい問題だ。知事選に出る準備をしてきた人ならともかく、突然の要請と決断だったことから、候補者である今、この問題に結論を出して、選挙戦に臨むことは、正直不誠実だと思ってのことだろう。
6ヶ月後の結論を、私は「ダムによらない川辺川の治水」と期待している。生態系への影響などの環境問題、県の財政問題、流域住民の生命安全の問題を考えた時、巨大なコンクリートの建造物が今の時代に認められはずがないという点を、私なりに訴えていきたいと思う。蒲島さんの教え子には、各省庁の官僚も大勢いる。それを理由に、「国交省のダム推進派」から影響を受けているという勝手な憶測を広げる人もいるようだが、むしろ「ダム建設」という“県沈滞への魔のスパイラル”に足を踏み込ませないよう、恩師である知事を支援しようという官僚もいる。
さて、マニフェストも一人を残しほぼ出揃った。蒲島さんのJC討論会向けの当初のマニフェストは東京のお弟子さんグループが起案していて、熊本県の実情が反映されていない点もあった。私たちも自民党も、県職員の給与への言及が厳しすぎる点など、「もう少し熊本の現状に沿ったマニフェスト」にというアドバイスをし、蒲島さんも納得の上、それらを反映した「最終版マニフェスト」が先週出された。数値目標は少なく、マニフェストとしては不十分かもしれないが、方向性は明確であり、随所にリベラルな政策も入っている。
私たち3人の行動にはいろいろ意見もあるだろう。しかし私は、8年前の県知事選と比べると、自分の意思で選挙応援ができることに、精神の自由を感じている。8年前は議員よりも政党よりも先に連合(の誰か?)が決めた阿曽田候補を応援することとなった。それまで私は阿曽田さんを全く知らなかった。対立候補は、副知事だった潮谷候補。多くの女性たちは、女性である彼女を応援しない私に反感を持った。私としては、正直、どちらの候補への応援も乗り気ではなかったが、結局連合推薦議員として阿曽田氏を応援し、女性たちの矢のような攻撃を受け、その後1年ほどは精神的にかなり参っていた。
あの時の経験が私に教えてくれたのは、「自分の政治的なスタンスに筋を通して行動することと、大局を見て判断すること、自分に忠実に行動すること」だ。今回の私の行動が正しいか間違っているかは、時間が経ってから判断されるだろう。それは甘んじて受けたいが、私自身が私を裏切るような政治的な行動はしないということだけは、今も今後も変わらない。
外は、春一番が吹き荒れているが、その後に、明るい光が差す熊本県になることを、心から期待し3月を乗り切っていきたいと思う。