政治家の”迷言”と文学者の名言 [みどり日記]
朝のニュースで、G7後の中川財務大臣の会見を見て、一瞬血の気が引いてしまった。「大丈夫?ひょっとして脳梗塞の前兆では!」、「早く医者に診せなければ。こんな健康状態で何故会見させているのか」と、側近を始めスタッフの常識を疑ったほどだ。しかし・・・、その後、同僚の政治家などの発言から、彼はかなり酒癖が悪いのだと知り、マジメに心配したのにと少し腹がたった。酒により赤ら顔で登庁したり、酒の臭いを漂わせたり、これまでもろれつが回らなかったこともあったりと、“業界”ではつとに有名であったらしい。
中川氏と言えば、父、中川一郎氏が政治家として道半ばで自らの命を絶ったという、辛い経験を持つ政治家だ。同じ道を歩む者として、なんらかの不安を抱えながら、酒でそれを紛らせているのかもしれない。タカ派の政治家中川昭一にも、そんな一面があるとしてもおかしくはない。
ただ、そんなことに思いを至らせたとしても、今回の失態は“迷走日本”を世界に発信し、決定的に印象付けてしまった国益の大損失に他ならない。ここに至るまでも、麻生首相、小泉氏の茶番発言など、迷走発言は枚挙にいとまがないほどだ。コントロールの効かない政府・与党が、ダッチロールし続けながら舵をとっている今が、何とも恐ろしい。
ネットワーク社会である今日、世界はつながっている。そして、地方都市である熊本でも、日本のあらゆる町や世界の都市と、良きに付け悪しきにつけ、常にリアルタイムで情報が行き交っている。情報だけではなく、当然経済でも影響し合っており、今回の世界同時不況は、それを嫌と言うほど、私たちに実感させた。「解雇された」、「労働時間を短縮させられている」という声は身近に聞こえてくる。信も問われていないひどい発言を繰り返す現政権を終わらせたい、与野党逆転させたいという思いは、国民にほぼ共通し日々高まっている。だから当然政局は大事だ。しかし、まずは、路頭に迷いう人だけは出さず、なんとか悲惨な事態を回避することが、政治に課せられた使命だ。地方議会でもしっかり取り組みたい。
さて、そんな混沌とした日本の政治も意識してか否か、作家の村上春樹氏が、友人知人や市民団体から反対されながらも、イスラエルでの「エルサレム文学賞」の授賞式に式に出席した。そして村上氏は彼の地で、人間の魂に訴えかける権力への抵抗メッセージは送った。彼なりのレトリックで、国家や権力を「壁」、壊れやすいが自由で尊厳を持った個である人間を「卵」とし、「私はどんな時でも卵の側に立つ」と語った。恐らく、聞いていたイスラエル人の中には、ガザへの攻撃を正当化させようとする国家の一部としての自分と、本心では魂で繋がりあえるものならと願う自分を、村上氏のスピーチを聴きながら客観視した人も少なくなかっただろう。これは、イスラエルとパレスチナ自治区間だけの問題ではなく、いつ私たちにも突き付けられかわからない問題だ。
今後の世界を考えた時、いつどんな不測の事態が起きるかわからない。世界各国で多くの読者を持つ村上春樹氏の文学なので、そのメッセージは少なからぬ影響を及ぼすものと期待したい。ところで、氏の問いに私はこう答えたい。「政治との関わりが長くなり、『壁』側の体質や理屈が、否が応でもわかってきました。でもだからこそ、どんなことがあっても、私も『卵』側の一員であり続けたいと思います」と。