障害者の定義:医療モデルから社会モデルへ [みどり日記]
政府が「障害者」の定義について、見直しに乗り出すことになった。はっきり言って世界的には遅い。今頃?と思う。とはいえ、「医療モデル」の域を出なかった前政権までの障害者の定義が、政権が変わり新政府が当事者と近くなったことにより、やっと社会側の責任にとして、支援や環境を準備する「社会モデル」と位置づけられることになった。まずはそのことについては素直に喜びたい。今、熊本県内の障害者団体等で取り組んでいる「差別禁止条例」作りの中でも、定義について議論するが、政府の見解と整合性を持たせたい。
さて、障害者への支援や環境整備は、これまでは家族や配偶者の収入に左右されてきた側面がある。たとえば、障害のある子どもの親の負担、あるいは障害のある人の配偶者の負担、家族の負担等が過重だという悲鳴にどれだけ対応してきたことか。どういう家族構成、家族形態であれ、当事者が社会に参加していくための必要な支援を、必要なだけ得られなければならない。社会保障費削減で削られてきた予算復活も含め、必要量の検証と拡充を図る必要がある。
さて、ダム問題を考えるたびに、「この構造は福祉にも同様にある」と感じてきた。流域の人々(=障害者)のためといいながら、霞ヶ関に人の天下りポストを無数に作り、地元の業者に影響力を行使しながら、不必要なダムを作るための仕事を回して、本当に流域の人々の声を聞かず、その方々がやって欲しい改修などの工事には消極的・・・。
もちろん、障害者福祉に関わる法人や業者には、心ある人たちが多いと信じたい。しかし、実態としては旧政府をコントロールしてきた厚生労働省を頂点に、福祉利権構造が全国にははり巡らされてきたと言っても過言ではない。当事者の思いに寄り添い、私たちと志を同じにしている法人や業者が、今後の荒波の中でしっかり残っていくような改革をと願っている。先進国として、当たり前の国に近づくために・・・。
<障害者>政府が定義見直し 「社会の制約」考慮
1月11日2時30分配信 毎日新聞
政府は、身体障害など「障害者」の定義について、抜本的な見直しに乗り出す。従来は個人の問題として心身の機能に注目する「医学モデル」だったが、社会参加を難しくしている社会の側の問題を重視し、必要な支援を把握する「社会モデル」への転換が狙い。「障がい者制度改革推進本部」(本部長・鳩山由紀夫首相)内に設置され、12日に初会合を開く「推進会議」で議論に入る。
障害者については、障害者基本法で「身体障害、知的障害、精神障害があるため、日常生活または社会生活に制限を受ける者」と定める。さらに、身体障害者福祉法など障害ごとに福祉法令があり、それに基づき障害者自立支援法や障害者雇用促進法などが運用されてきた。例えば身体障害では、視覚や聴覚、肢体のほか、腎臓や心臓の障害、HIVは対象だが、他の多くの内臓や免疫系などの障害は対象外だ。
しかし、対象外の人でも社会参加が難しい例は少なくない。見直しでは、障害者は「社会参加に支援やサービスが必要な人」との考え方を基に、一人一人の経済状況や住環境などを踏まえて障害者として認定する定義のあり方を検討する。
政府が07年に署名した国連障害者権利条約は障害者について、「障害のある人であって、さまざまな障壁との相互作用で、平等に完全に参加するのを妨げられる」状態などととらえる。日本は条約を批准していないが、鳩山首相は昨年12月の改革推進本部設置の際、批准へ向け法整備を急ぐよう指示した。
見直しは、障害福祉だけでなく雇用や教育など国内法全体に影響する。「推進会議」メンバーで車椅子を使う尾上浩二・DPI日本会議事務局長は「障害を個人の問題でなく、移動や就労など参加を難しくしている社会の制約の面からみる。参加に必要な支援を促すもので、大きな転換となる」と指摘している。【野倉恵】