「反戦のともしび」翻訳に参加して [みどり日記]
一昨年の夏、私は久しぶりに英文と格闘する日々を送った。今日(7/20)の熊本日日新聞で取り上げられていた第二次世界大戦中に戦争に抵抗した米国青年たちの手記「反戦のともしび(原題:“A Few Small Candles”)の第一章の翻訳を担当することになったためだ。熊本YWCAの会員で津田塾大学の先輩である俵恭子さんからの呼び掛けで、熊本の同窓生7名と熊本YWCAの会員4名(数名は双方に所属している)が手分けして、米国人執筆者10名の手記(10章分)を翻訳した。
そもそもこの本は、2004年に俵さんが熊本YWCAの40周年の企画で渡米した際、現地で平和運動を研究しておられるラリー・ガラ氏(ウィルミントン大学、オハイオ州)から、アメリカにも、「良心的兵役拒否」を宣言し、投獄されても非暴力主義を貫いた若者たちがいたことを知って欲しいと、託されたものだった。帰路、その本をめくっていく中で、俵さんは、10人の執筆者の中に日系アメリカ人がいて、なんと熊本市川尻町出身の父を持つジョージ・ヤマダ氏であることを発見し、この本との出会いの不思議さを感じたそうだ。
私は、第1章のブロンソン・P・クラーク氏を担当することになった。これまでも、何度か翻訳を手伝ったりした経験はあったが、平和運動の分野では久しぶりだった。それぞれの執筆者の文章構成や表現のスタイルは違っていたようだが、私が担当したクラーク氏の文章は比較的素直で、個々の場面や登場人物の会話も、動画にした時の背景や動きとして容易に想像しやすかった。ただ、それを適切でわかりやすい日本語にするのは決して簡単ではなく(100%の出来だとは言えない)、何度も口に出して試行錯誤を繰り返した。執筆者が書いた以上の表現も出来ないが、時には米国で監修された師井勇一氏(テンプル大学社会学部講師)とやりとりをする中、何とか生み出された表現もある。また翻訳しながら、目頭が熱くなることも何度かあった。
さて、米国は、戦後、軍拡競争、冷戦期を経て、湾岸戦争、イラク戦争など地域紛争や戦争に、世界の“警察”を自認して関与してきた。湾岸戦争が始まる時、私はちょうど米国で研修中だったが、反戦を口にする人がバッシングされていく大政翼賛的空気に満ちた彼の国で、息苦しさを感じた。客観的で冷静な声が聞こえてくるのはしばらくしてからだ。アメリカはこれを歴史上繰り返す。今回、この翻訳に携わらせていただいて、世界中のどこかで戦禍が絶えない現実があるとしても、その解決方法として暴力を用いることは、根本的に間違っていると、私自身は改めて確信した。
また、10名の執筆者の多くは、獄中でアフリカ系アメリカ人、ヒスパニックの人たち、貧しい家庭の出身者、読み書きの出来ない人たちと接する中で、戦後は、人種差別撤廃など、アメリカでのマイノリティーの権利擁護活動をリードした人たちでもあった。今のアメリカは、彼らの思いとは異なり、依然として厳しい差別や格差が存在しているが、少なくとも、連邦法では1964年の公民権法をはじめ、1990年の障害を持つアメリカ人法などが整備されてきた。今後は、社会・経済の中に、実質的な格差解消の仕組みを盛り込んでいって欲しいと切に願う。それは平和と平等を求めた10人の思いでもあるはずだ。
追記:「反戦のともしび」(明石書店刊)を、訳者割引で20冊ほど持っています。定価は2800円(税別)ですが、ご希望の方には2500円でお譲りできますので、私のメールか携帯にご連絡ください。(info@hiranomidori.net、090-2502-3410)