名古屋市長選と愛知県知事選の結果は、大方の予想通りだったのではないだろうか。減税と議員報酬など待遇の見直しという河村氏の公約は、市民の中に共感を生んだ。また河村、大村両候補の、「名古屋市と愛知県の二重行政にはムダがあり、いずれは一つの大きな自治体として東海州を形成したい」という方向性もわかりやすかったようだ。熊本市が政令市へ移行する本県にとってもよその話ではない。
実は、河村市長が解散する名古屋市議会には、仲間である障がいのある市議の齊藤まこと氏(民主党)が再出馬する。彼の一議席は今回の議会批判には当たらない貴重な議席なので、正直気が気ではない。
さて今回の選挙、個性的な候補がマスコミを総動員して世論形成してきていたが、そのあり様には、正直違和感を覚えなくはない。ただ、議会との対抗姿勢については、「職業議員になってしまっているという」指摘、あるいは「議員報酬は一般の給与と比べて高額過ぎる」という批判など、真摯に受けとめるべき点も多く、今後欧米などの地方議員のあり方について検討していく必要もあると思う。
愛知県や名古屋市に比べて、我が熊本県と熊本市は“芯はあっても穏やかな首長”さんで、議会解散をちらつかせるこの手の動きが直ちに熊本に起こるとは思わない。しかし、確かに厳しい市民の目は地方議会に注がれているし、議会自体、確実に曲がり角に来ている。議会内では、改革は少しずつ進めていると思っていても、一般市民には見えにくく、議員たちの意識やレベルがアップしてきていると感じる市民は多くはないだろう。
また、議員報酬も私が議員になりたての頃に比べれば、約30%ダウンしていると思うが、それでも一般の給与水準と比較するとまだ高い。ただ、私の回りの家族が複数いる議員などは、議会活動として認められない支出や家族を養っていく支出を議員報酬だけで賄っていくとして、残高はないだろう。そもそも「日本の地方議員のあり方」を議論しないことには、議員としての生活と報酬のベストバランスは見えてこない。とにかく飲み会を含め、挨拶や顔出しでその都度の会費もばかにならない。それを断り、学習会や議会報告会のみを議員活動とするには、今の選挙状況からすると勇気がいるだろう。
議員は、政務調査や勉強にあてるべき時間をどれほど取れているのか、取っているのか。男性議員も、家事や子育てを含めた家庭での役割に、どれだけ時間を充てることができているか。「議員」という何やらわからない高みに立った一時代前の議員は要らないのではないか。選挙にもお金をかける必要がなく、議員報酬もそこそこで、極一般的な“人”としての生活パターンを実践できる議員のあり方を、私たち自身も求めていかなければならないし、それを有権者の皆さんに理解し、協力してもらうことではないだろうか。もちろん、議員を先生と呼ぶ、あれから変えなければならない。
いずれにしても、これから4年間の地方議会、新しい動きが着実の始まっていくと思う。次の4年間で議席が与えられたら、4年後に「地方議会はこんなに変わった」と思える議会づくりに、真剣に取り組みたい。